SF新本格ミステリーとお色気描写とがコラボ! 夢魔の牢獄 感想と考察【ネタバレあり】

感想
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2020年8月に講談社から発行された、西澤保彦(にしざわやすひこ)さん著の推理小説です。
SF新本格ミステリー、と呼ばれるSF的設定を導入した世界で論理的に謎を解く作品を数多く書いている西澤保彦さん。
私の中では「七回死んだ男」がとても印象に残っています。(七回死んだ男の感想はこちらです)
「時間のループにとらわれ同じ一日を9回繰り返してしまうという特異体質」を持った主人公が祖父の死を食い止めようとする作品なのですが…
設定だけ聞くとトンデモミステリとしか思えません。
しかしながら、非常に緻密に論理的に組み立てられた作品であり、オススメの一冊です。

※今後出てくる作品のページ数は「講談社」のページ数です。

あらすじ

男は22年前の友人たちに憑依する。迷宮入り殺人事件の真相を追って。

タイムリープ・ミステリの金字塔『七回死んだ男』を凌ぐ衝撃!

※このあらすじは本の帯から引用しています。
『七回死んだ男』を凌ぐ衝撃!
と書かれてしまうと、読まない訳にはいかないですね!!

感想

今作の主人公の特殊能力は
・過去へ遡って友人たちに憑依する(憑依している間は、自分の意思で友人たちを操ることは出来ない)
・誰に憑りつくか自分の意思で選ぶことは出来ない

というものです。

何故そういう能力があるのか、といったことは一切説明されません。
読者もそういうものとして読み進めて問題ありません。

22年前の未解決事件を巡り、様々な友人に憑依する主人公は、本人たちでしか知りえないことを友人たちの目線を通して体験していきます。
友人たちの行動の意味、隠されていた衝撃の真実の数々など、複雑な人間関係が絡み合い読みごたえはあります。

この作品のテーマの一つは、22年前の迷宮入り殺人事件の犯人は誰か?というフーダニット
3部構成の作品の第2部(P180)まで読むと、一応、犯人を指名することは可能です。
(犯人を「特定」することは難しいと思いますが…)

第2部で解決に向けての手ごたえを感じたとしても、第3部を読み進めるとまた新たな謎が出現し、さらに読者を悩ませます。
物語全体の謎に対し完全な解答を導くには、個人的には第3部のP262まで読み進めていいと思います物語はP271までです)。

物語としては面白かったですが、論理的に謎が解けるか、という点については疑問点が残ります。
本の帯にあった「『七回死んだ男』を凌ぐ衝撃」は誇大広告です。


なお、作品全体を通して、かなりドギツイお色気シーンがありますので、そういった意味でも他人に全力でオススメすることが出来にくい一冊です。
ちなみに、お色気シーンを読み飛ばしても謎を解くことは出来ますので、お色気シーンが苦手な人も安心して読んでください。

総評

読んでよかった度:☆☆
また読みたい度:☆
未成年にはオススメ出来ない度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

考察

雫石家に行くことが出来た人物は誰だ

22年前の迷宮入り殺人事件の犯人は誰か?という点は一つのテーマです。
犯人は「雫石家の住所を知っており、雫石家に行くことが出来る人物」なのですが、この条件が当てはまるのは、場末のスナックのママを殺害するという自分の犯行の後始末を夜が明けるまでしていたソーやん(P126)を除いた全員です。

残り全員は「雫石家に行くことが出来る人物」です(タクシーを使用すればいい)。卒業アルバム等で雫石家の住所を知ることは可能でしょう。
遺体発見後すぐのリクからの電話に出ることが出来たミイは、容疑者からは外れるかもしれません。ホテルから雫石家までの距離が正確に分からないので何とも言えませんが…

また、凶器や動機という点からも犯人の特定は困難です。
(話の中で出てこなかった気がしますが、ネクタイの指紋はとってないんですかね…?いくら22年前とはいえ、そのぐらいはやっている気がしますが…)

更に、主人公の憑依能力からも特定は困難です。犯行時現場にいた雪花とリクに憑依し、現場の状況は掴むことができました。現場で雪花は「私じゃない」と言っていますが、もちろん偽証の可能性はあります(P170)。
また、リクについても、主人公の憑依前に犯行は可能だったはずです。

ちなみに「雫石家に行く必然性があった人物」という視点からは違った結論が見えてきます。
ミイはリク&主人公をホテルで待たなければいけませんし、灯子は中央レジデンスにいなければいけません。
また、スイ&木香もホテルから動く必要はありません。スイが物足りなかったとしても、向かう先は雫石家ではなく中央レジデンスです。
しかしながら、この視点からも犯人の特定は難しいと言えます。
(ちなみに個人的には「必然性」から犯人を特定する手段は好みではないです。
例えば、灯子がプレイで使う物品を自宅に忘れたことに気付き、タクシーで移動。玄関先で酔いつぶれている主人公とネクタイに気付き、ネクタイを何となく手に取る。プレイ物品を手にした灯子と龍磨と出くわし、龍磨に汚い言葉で罵られた灯子は龍磨を殺害、という可能性も考えらるからです)

龍磨の電話の相手は誰だ

雫石家に行くことが出来た人物からの特定は不可能でしたので、次の手掛かりは「龍磨の電話の相手は誰か」という点です。(P146)

龍磨の電話相手は、「龍磨と灯子が親子関係であること」「灯子の今夜の予定」を知っている人物です。
ちなみに男女・年齢は不明です(P151)。

ここで俄然疑いが出てくるのは、第2章の冒頭、不自然に出てきたウエイトレスです。ウエイトレスならば(推理小説的に)立ち聞きが可能です。

ウエイトレスが主人公の奥さん若しくはチョクさんのどちらかであるのは、推理小説的必然性からは読み解くことが出来ますが、龍磨が立ち寄った家の記述(P144)と奥さんの昔話に出てくる家の供述(P193)から、これが同一建物であると断定するのは非常に難しいです。

ウエイトレスが誰かについてあえて読み解くとするならば、「主人公がウエイトレスに憑りついた」という事実からでしょう。
第1章での主人公の能力の説明の際、「なにしろ自分が、自分ではない、他人になっているのだ」とあります(P4)。
しかし、この能力説明をよく読んでみると、全くの他人になっているのではなく、「自分が会ったことが人物」に憑りついている可能性が出てきます(祖父・祖母・幼稚園時代の先生など)。
主人公の能力が自分が会ったことがある人物に憑依する」というものなのであれば、ウエイトレスはチョクさんではなく奥さんである可能性が高くなります。

しかしながら、そのあたりの記述も曖昧です。
主人公はチョクさんのことを覚えていませんでした(P159)が、主人公が単に忘れているだけの可能性があります。
「Eホームのクラスは受け持ったことはなかったし、在学中1回も会ったことがないと思うな」とか「Eホームは進学専門のクラスだから、別建物だったんだよな」等の記述があれば、さらに面白かったと思います。

さらに言うと、龍磨の電話の相手がウエイトレスだったとしても、物語に関係がないとも言えます。
例えば、物語の登場人物がチョクさんと知り合いで、「灯子が家に一人でいること」「灯子の家の住所」を伝えることは可能ですから…

夢魔の牢獄とは何だ

主人公の能力(P263)及び卒業アルバムのアンダーライン(P267)から、主人公の奥さんが龍磨を殺したことはほぼ間違いないですが、雪花、徳幸、チョクさんを主人公の奥さんが殺害したかどうかについては、大いに疑問が残ります。
・3人の誰もが「主人公の奥さんに会ってくる」と誰にも言い残していない偶然
・父親に手伝ってもらったとはいえ、3人の遺体を確実に処理し、警察の捜査の手を掻い潜った手腕

などなど、様々な要素が絡み合わないと犯行が成功しないからです。

上記のような疑問に対する回答も、やはり主人公の能力です。
物語全体の中には、「同じ人に、同じ時間軸で、複数回憑りつく」という事例は起きていません。
(強いて言えば、「これまでに夢では幾度となく灯子とは交合した」(P15)という記述が気になりますが、友人たちが相当な回数灯子と交合していた事実から、複数回憑りついていたとは言い切れないと思います)
物語の最後、主人公は「義父に憑依し、三人の遺体の処分をする作業を永遠に反復する」という描写がありますが、これは単なる「夢」なのではないでしょうか。
しかしながら何にせよ、夢と能力の区別がつかなくなっている主人公にとっては、まさしく牢獄と言えるでしょう…



作品としては面白かったですが、不満も残ります。

特に第3章。
第3章における主人公の友人たちの大量失踪事件は、絶対に解くことが出来ません。
何故なら「雪花」が22年前に犯人の顔を見ていた、という情報が最後まで隠されているからです。
その情報がなければ、雪花が主人公の結婚式に出席することに納得がいかない(P215)と言い出している理由の想像も付きません。
この部分だけ、どんでん返しを増やすために無理矢理くっつけられた印象があります。

しかしながら、質の高いSFミステリーだったことは間違いありません。
質の高いSF新本格ミステリーが読みたい方は、7回死んだ男がおすすめです!