鍵の掛かった男 感想と本作における黒幕について少しの考察【ネタバレあり】

感想
スポンサーリンク

2015年10月に幻冬舎から発行された、有栖川有栖さんの小説です。

有栖川有栖さんと言えば、いわゆる新本格ムーブメントの第一世代
昔の本は何冊か読んだことがあるのですが、最近の本は読んだことがなかったため、楽しみに読み始めました。

※今後出てくる作品のページ数は「幻冬舎」のページ数です。

あらすじ

2015年1月、大阪・中之島の小さなホテル「銀星ホテル」で一人の男・梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺による縊死と断定。しかし梨田の自殺を納得できない人間がいた。同ホテルを定宿にする女流作家・景浦浪子だ。梨田は5年ほど、銀星ホテルのスイートに住み続け、ホテルの支配人や従業員、常連客から愛され、しかも2億円以上の預金残高があった。景浦は、その死の謎の解明をミステリ作家の有栖川有栖とその友人の犯罪社会学者・火村英生に依頼。
が、調査は難航。梨田は身寄りがない上、来歴にかんする手がかりがほとんどなく人物像は闇の中で、その人生は「鍵の掛かった」としか言いようがなかった。生前の彼を知る者たちが認識していた梨田とは誰だったのか? 結局、自殺か他殺か。他殺なら誰が犯人なのか?思いもしない悲劇的結末が関係者全員を待ち受けていた。

※このあらすじは本の帯から引用しています。

他にも本の帯には「密室よりも冷たく堅く閉じた、孤独な男の壮絶な過去とは?」という煽り文句が書かれていました。

感想

私の個人的な好みではないと言うか何というか…はっきり言えば、面白くなかったです!!

私の第一感とすると「有栖川有栖さんが大阪で遊び回った費用を経費として計上する為に書かれた小説といったところでしょうか。
帯のあらすじを見た時点で読むのを止めておけば良かったです…

大阪・中之島にあるホテルを中心に「密室よりも冷たく堅く閉じた、孤独な男の壮絶な過去」を明らかにしていく作品なのですが、過去を明かす過程がダラダラと長すぎます。
例えばP66~P70は中之島周辺の地理に関する描写や大阪の歴史に関する描写が続くのですが、本編の謎には全く関係がありません。
中之島周辺の地理が知りたければ地理の本を、大阪の歴史が知りたければ歴史の本を読みます。ミステリに対して謎解きに関係ない要素の描写を求めていません。(そもそも、地理や歴史が事実に即して書かれているのか確証が持てません…)

また、男の過去が「密室よりも冷たく堅く閉じた」という煽り文句なのですが、男は天涯孤独で、周りの人に昔の事を語りたがらなかった人なので、「結果的に」過去が閉ざされていただけです。
徐々に明かされる男の過去は謎解きにはあまり関係があるものではなく、そしてその過去を徐々に明かす必然性も特にないため、長く退屈な過程を読まされたことへのモヤモヤが倍増します。
男の過去を「警察が調べた」という形で書いた場合、本作の分量は半分以下になるはずです。

「僕にとって推理小説(ミステリ)とは、(中略) 小説という形式を使った読者対名探偵の、あるいは読者対作者の、刺激的な論理の遊び(ゲーム)。それ以上でも以下でもない。だから、一時期日本でもてはやされた❝社会派❞式のリアリズム云々は、もうまっぴらなわけさ。1DKのマンションでOLが殺されて、靴底をすりへらした刑事が苦心の末、愛人だった上司を捕まえる。やめてほしいね。汚職だの政界の内幕だの、現代社会のひずみが産んだ悲劇だの、その辺も願い下げだ。(後略)」

十角館の殺人のエラリイのセリフです。

本作は有栖川が靴底をすり減らし、鍵の掛かった男の過去を調査し、最終的に事件は「悲劇的な結末」を迎えます。
最近の有栖川有栖さんは、こんな❝社会派❞式のリアリズムを書く人だったんですね。
「双頭の悪魔」や「月光ゲーム」のイメージが強かっただけに残念です。

また、単なる社会派作品だったのならばそれはそれで楽しめたと思うのですが、謎解きの論理性が全く理解できません。
「黒猫は、いた」と火村さんが決めゼリフのようなものを言った後(P471)、「読者への挑戦状」のようなものがあるのですが、何故それを書いたのか理解できません。
本作の謎解きが論理的に理解できる方がいたら、ぜひとも教えて欲しいです…

「読者への挑戦状」のようなものがなかったらまだ良かったのですが…
大阪や中之島周辺が好きな方は楽しく読めるのかもしれません。

総評

読んでよかった度:☆
また読みたい度:☆
有栖川有栖さんの他の本をもう一度読み直す必要がある度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

各種まとめ

面白くないと思った点をまとめてみました。

依頼内容との違い

景浦から有栖川への依頼は「梨田さんの死が自殺でないことを証明すること」(P26)です。
しかしながら、有栖川がやったことは梨田がどういう人物なのかを調べるだけ。
事件の際の全員のアリバイは?物証の確認は?その辺りのことを詳細に確認するのは、物語が半分以上過ぎてからです。

過去どういった人物を調べる必要性もあるでしょうが、例えば「マザーテレサのような善人だった」「世界一のクズだった」という人物像が分かったところで「自殺ではないでないことの証明」にはならないはずです。

有栖川の捜査方針なので仕方のないことですが、文字をかさ増しするために書かれたのかな…と思ってしまいます。

論理的…??

本作が主張する論理性が理解できません。

「素性を明かせないまま息子のそばで暮らす幸せを噛み締めていた男にどんな心境の変化があったとしても、孫が誕生すると知ったこのタイミングで死を選ぶはずがない(P445)」

…本当にそうでしょうか?

美菜絵の懐妊はどんな物的証拠より確かに、梨田が自殺することはあり得ない、と示している。人の心は(自分自身も含めて)しばしば謎だが、疑いようのない場合もあるのだ(P450)」

…本当にそうでしょうか?

自分に孫が出来ることは確かにおめでたいことです。
しかし、それと「自殺することはあり得ない」と断定することとは別のことです。
例えば、孫が出来ると知った後に何か自殺を決意するだけの出来事があったら?

このトンデモ理論を言い切っているのはワトソン役。探偵は違う視点から事件に臨んでいると安心していたら
有栖川「梨田と鷹史の親子関係が完全に証明されたとしよう。そうしたら、梨田の死が他殺であることが確定する。これでええ?」
火村「しつこく念を押すんだな。ああ、俺には何の文句もない。」(P467)

と、探偵も同意します。
また、探偵は美菜絵の妊娠=梨田に孫ができたことについて「梨田さんの自殺説を粉砕する重大性を持った事実(P488)」とも言っています。

証言者の一人が「最近あの人にはお孫さんが出来たので、あの人が自殺なんかするはずがない」と言うレベルなら納得がいきますが…
論理性はどこに行ったんでしょうか??

犯人の心の動き

影浦「美菜絵さんの妊娠を知って先生がひどく驚いた(P443-P444)ものだから『さては自殺ではないことがバレたな』と気づいてしまったのですね?」
火村「そのとおりです。『バレたな』と気づいたのは、美菜絵さんのお腹に宿ったのが梨田さんの孫だと知っていたから。孫だと知っているのは、鷹史さんが梨田さんの息子だと知っていたからに他なりません。」
梨田と鷹史の親子関係を知っているのは世界で犯人だけ。よって露口が犯人である、という論理が成り立つのだ。

P492からの引用です。
この部分、何十回も読み返しましたが、どの論理が成り立つのかどうしても理解できません。

「火村が美菜絵の妊娠を知って驚いている!妊娠のことを梨田が知ってることも喋っちゃった!」
「火村が驚いたということは、妊娠したという事実に驚いただけじゃない!梨田と鷹史の親子関係を知っていて、梨田に孫が出来たことに驚いたんだ!」
「梨田が自殺でないことがバレた!!何故なら『自分の孫が産まれると分かっている人間が自殺するはずがない』に決まってるから!!」
…と、いうことなのでしょうか??

「自分の孫が生まれると分かっている人間が自殺するはずがない」という価値観は火村や有栖川だけでなく、露口も持っているようです。
私が知らないだけで、そんな倫理観は推理小説のトリックの根拠として成り立つほど一般的なんですかね…??
もしくは孫が産まれると分かった人は自殺してはいけない法律でもありましたっけ??

有栖川有栖さんの中ではこの論理は成り立つのでしょうが、読者としては到底納得がいきません。
何故なら、梨田は「自分の孫が生まれると分かったら(その後どんなことが起こったとしても)自殺しない人間である」ということが文章に書かれていないからです。
(その後の露口の動きを見ると、結果的に露口はそう考えていた訳ですが、だとすると「読者への挑戦状のようなもの」は不必要です。用いる理論が一般的でない&作品の中にその理論が書かれていないからです。)

火村の匂わせ行動

「火村が梨田と鷹史の親子関係を知っている」ということを匂わせる行動をしたのは露口の前だけ、ということも根拠の一つなのでしょうが、火村は鷹史に対し「まだ警察や私たちに話していないことはありませんか?」「梨田さんから何かを託されたことはりませんか?」「何かを求められたことは?」と質問の矢を次々に放ち、梨田と鷹史の母親の恋仲についても言及しており(P384-P386)、更に火村は「梨田が美菜絵の妊娠を知っていたか?」というピンポイントの質問を鷹史・美菜絵に対してしています(P447)。
これも充分怪しい行動だと思うのですが…

・火村に顔色を探られるのを避ける動作をした(P402)、鷹史から話を聞いたであろう美菜絵
・美菜絵の妊娠を知っており、二億のお金がホテル側に融通されるような火村の話を聞いた丹羽(P417)
この辺りの人々は「火村が何か秘密を抱えている」→「火村は梨田と鷹史の親子関係を知っている!」→「梨田に孫が出来たこと&梨田がそのことを知っていることがバレた!」→「孫が産まれることを知った梨田は自殺するはずがないので他殺がバレた!」→「遺書を送らなきゃ!」と思ってもいいはずです。(ほぼ露口と同じ思考のはずです)

遺書を送る動機は
・ホテルの為にお金は欲しいが刑務所に服役した人(梨田)からお金を全額貰いたくないと思った美菜絵
・自分の力でホテルを救いたい!そのためには二億円は多すぎるのが一億円は鷹史の手元に入ってほしかった丹羽

など何でもありです。(梨田が飲酒運転ではねたお年寄りの知り合いだった・大けがを負わせた知人の知り合いだった、などのこじつけを行えば、動機は無限大です!!

「美菜絵は自分に不利益になることをするはずがない」という反論は出来ますが、物語のもっていきようによっては「結果的にそうだった」ということは可能なはずです。
謎解きの場面で、露口が遺書を送ったので犯人は露口になっていますが、犯行自体は美菜絵が遺書を送っていれば犯人は美菜絵なはずです。

 

真犯人

本作は最近流行りの多重解決ものが出来そうなので、思いついたものを書いてみました。

黒幕は鷹史です
鷹史はひょんなことから、梨田との親子関係及び2億の財産を知りました。(親子関係については梨田の足を見て気付いた・親子の勘で気付いた・こっそりDNA鑑定した・夏子の遺書があったなど何でもありです。財産についてもホテルの支払いのため財産額を梨田に聞いていた・こっそり部屋を覗いた等々何でもありです)

いずれそのお金は鷹史のものになりますが、ホテルを全面改装する為(P417)、また、自分の自由になるお金が欲しい為、なるべく早く遺産が欲しいと鷹史は思っていました。
親子であることを単に打ち明けたとしても、全てのお金がすぐに自分のものになる訳ではないですし、お金を貸してくれる保証もありません。
また、このままホテル生活が長引くと、ホテルの売り上げは増えますが、自分のものになるはずのお金がホテルの売り上げとして計上され、遺産がどんどん目減りしてしまう為、殺害を決意します。

鷹史が手を下すと「親子関係を知らなかった」と言い張ったとしても自分が相続人になれない可能性がありますが、鷹史にとっての子、梨田にとっての孫が出来たので、遺産は代襲相続出来るでしょう。

しかし、実の父親を手にかけるのはやはりためらいがあります。
そこで愛人関係にあった露口に「君が頑張ってくれれば俺は大金持ちになれる。本当は美菜絵より君が好きだ。君がシャバに戻ったら美菜絵と別れて結婚しよう。いずれこのホテルも君のものになる!」と持ち掛けます。(①梨田に恨みがあること②美菜絵に経済的利益が発生することの阻止(P517-P518)を動機として人一人を殺した露口ですから、美菜絵をさらに苦しめることが出来る・大金持ちになれる、というボーナスがあれば喜んで計画に乗ったでしょう)

そして露口は実行。自殺として処理されると遺産は国庫に帰属してしまうので、チョコを垂らしたり、睡眠薬の薬包を持ち去ったりして他殺と疑われる仕掛けを残しましたが、警察は自殺として処理

困った鷹史。このままでは遺産が自分のものになりません。
そこで鷹史は「梨田は自殺するはずがない」「何とか真実が分からないか」と影浦を始め様々な人に相談を持ち掛けたところ、物好きな影浦が有栖川に相談し、作家がホテルに来ることになりました。

送り込まれた作家は梨田の過去にしか興味がないのでヤキモキしていたところ、後から来た大学准教授に「まだ警察や私たちに話していないことはないか?」「梨田さんから何かを託されたことはないか?」と矢継ぎ早に聞かれた(P384-P385)ため、ようやく当局が梨田と鷹史の親子関係を知ったことを確信。
後は予定通り露口に防犯カメラにある場所で文房具を買わせ、露口を逮捕してもらいます

ちなみに遺書を公開した理由は「犯人は遺産が半分になるという不利益なことをするはずがない!」と警察に思わせるためです。

…トンデモ動機ですが、このような幕引きも可能かと思われます。
露口が刑務所から出てきた後は、また別のお話です。

最後に

謎解き小説(パズラー)

本作は「新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド」から知りました。

本作の紹介として
「波瀾含みの人間ドラマのなかに殺人の謎を埋め込み、それが論理的に解かれることで犯人や被害者の人物像がいっそう際立つ」
「ああ、謎解き小説(パズラー)とは、これほどまでに人の人生の豊かさも残酷さも描き切ることができるのだ」
と書いてあります(P35)。

この本の作者の佳多山大地さん、本作読みました?
どこが論理的で、どこがパズラーなんでしょう??

本作の紹介で「論理的」「パズラー」と書いてある以上、「新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド」は残念ながら私にとっては読むには値しない本である、ということが分かってしまいました…

本作について

遺書を木曜日に投函する人物の条件は
①梨田と鷹史の親子関係を知っていた
②美菜絵の妊娠を知っていた
③火村が梨田と鷹史の親子関係を知っていると気付いた
の3点だと思います。

これらの条件は「鷹史、美菜絵、丹羽」はクリアしているはずです。
(①については、作中書かれていませんが「犯人は嘘をつく」ので問題ないはずです)

しかしながら本作の幕引きは遺書を送ったのが露口だったから、露口が犯人」「物的証拠はない。犯人の自供が証拠」というものです。
P450から引用すると、どんな物的証拠より、梨田が自殺することはあり得ないと示しているのは美菜絵の懐妊=梨田に孫が出来たこと(孫が出来たことを知った人間は自殺しない)だそうです…
2時間サスペンスならばまだ納得しますが、ミステリとしては…美しくないと思います。

読者への挑戦状のようなものがなかったら、本作の事をここまで疑問視しなかったのですが…
ある意味であっと驚かされた作品でした。

感想
スポンサーリンク
フォローする
こそぶろ