密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック この作品を好きになれないところの紹介【ネタバレあり】

感想
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2022年4月に宝島社から発行された、鴨崎暖炉(かもさきだんろ)さん著の推理小説です。
第20回「このミステリーがすごい! 大賞」文庫グランプリ受賞作!
(個人的にはこの「ミステリーがすごい! 大賞」で良作!と呼べる作品に出合った記憶があまりないですが…)
タイトルは「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」。派手なタイトルですね。この作品の仮タイトルであった「館と密室」の方が好みです。

※今後出てくる作品のページ数は「宝島社文庫」のページ数です。

あらすじ

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」との判例により、現場が密室である限りは無罪であることが担保された日本では、密室殺人事件が激増していた。
そんななか著名なミステリー作家が遺したホテル「雪白館」で、密室殺人が起きた。館に通じる唯一の橋が落とされ、孤立した状況で凶行が繰り返される。
現場はいずれも密室、死体の傍らには奇妙なトランプが残されていて――。

※このあらすじは宝島社文庫の背表紙から引用しています。

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」

この一文には最初心惹かれましたが、よくよく考えるとそれほど大した判例ではありません。

感想

好きになれない作品でした!!!

好きになれない理由はいくつかありますが、まずはやはり「密室の扱い方」ですね。
小説で機械トリックを扱う場合「何とかして密室にしたんだろう…」としか感じません。
機械トリックの妙を読者に読んで欲しいのだとしたら、密室にする必然性、ヒントの出し方、目の覚めるようなトリックなど様々な要素があると思いますが、そのどれにも成功したと言い難いです。

密室の必然性を「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」という部分から書こうとしたのだと思いますが、「密室の不解証明」は、警察が怪しそうな人物を捕まえて密室を作った方法を吐かせれば、その密室は不解でなくなります。
取調室という「密室」も一緒になくなったのであればもう少し面白くなったと思うのですが。

また、ヒントの出し方どころか、犯人あてのロジックにも疑問を感じましたね…

極めつけは密室のトリック部分です。
ありとあらゆる密室に精通している作者にとっては画期的なトリックだったのでしょうが、私は「な、なるほど…?」という感想しか持ちえませんでした…
密室に拘りがあるのは大変良いことだと思いますが、その拘りを読者にうまく伝えるのも作者の力量だと思います。
P354で密室トリックを鉱脈に例える話が出てきますが、本作で作者が掘り返したのは金、ではなく、せいぜい銅くらいのものだったんじゃないでしょうか。

また、小説というベースを使っている以上、機械トリックにも多少のフィクションがあってもいいとは思っていますが、機械トリックに論理性と説得力を求めるならば、行き着く先は映像です。
そして残念ながらこの作品は映像に耐えうる作品ではなかったように感じます。

と、ここまであまりに攻撃的に書きすぎていますが、これには理由があります。
「叙述トリックは邪道だと思ってるから。読書経験の浅い素人が持ち上げてるだけで、玄人は機械トリックや犯人当てロジックを楽しむものだと思ってるから」(P318)というセリフを作中の人物に言わせる作者とは…仲良くできません(作者の主義主張とは異なるのかもしれませんが)。
叙述トリックは素晴らしいものですし、ミステリの楽しみ方に素人も玄人もありません!

総評

読んでよかった度:☆☆
また読みたい度:☆
読者に対する煽りの割に…と思った度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

この作品を好きになれないところの紹介(密室編)

この作品「今、示されている情報だけで、この密室の謎を解き明かすことは可能なのに」(P57)や、第2章のタイトルが「密室トリックの論理的解明」など、やたら読者に挑戦的な表現が多い気がします。
挑戦的でなかったら、もう少し気楽に読めたのですが…

第1の密室(雪代館密室事件を含む)

第1の密室は…ツッコミどころが多いです。

ちなみに「体当たりでドアが壊れるか!」ということも言いたいですが、ここは雪城白夜が建てた館なので「デッドボルトを折れやすい強度にしておく」などの仕掛けをしていれば体当たりで扉を破ることも可能だと思います(解決編でそこに言及すべきでしょうが)。
ちなみにそうすれば、「鍵穴に鍵を挿し、驚いたように目を丸くする(P46)」「鍵穴に鍵を挿した。鍵を捻ると、くるりと回った(P93)」ということも可能でしょう。

被害者とゴム

格子窓側のゴムは「カーテンと床の間には一センチ程度の隙間があるから、床に這うように伸びたゴムの輪にカーテンが触れることはない」(P131)とあり、扉側のゴムは「扉の左隅に引っ掛かっている」(P133)とあります。
そして「『毛足の長さが一センチの部屋の絨毯』。瓶が床の上を移動する音は、その絨毯に吸収される」(P139)とありますので、瓶は床から一センチ程度の高さを滑らすことを想定しているのでしょうが、その場合、被害者の身体に約6時間ゴムがかかっていたことになります。服を着ていたとしても身体に跡がつくでしょうし、何ならその跡をヒントにしても良かったと思います。

また、被害者の身体に瓶が引っ掛かる可能性がありますが、それはどうクリアしたんでしょうか…?

重りとゴムの回収

トリックの性質上、扉を開けた後にしか重りとゴムが回収できません。
重りとゴムはありふれたものなので、回収する必要はないのかもしれませんが、その場合は密室へのヒントを与えることになり、密室の「不壊」の可能性が下がります。

また、蜜村がすぐに密室を解いたとはいえ「重りとゴムがまだその場にあるか」の確認ぐらいしていいと思います。
重りがない場合は「重りとゴムを回収する時間のアリバイ確認」+「残念ながら全員が一人になる時間があったので、誰にでも重りとゴムを回収する時間はあった」ぐらいは書いて欲しいものです(雪の足跡問題は残りますが…)。

重りがある場合は「足跡が付くのを嫌ったのだろうか、重りとゴムはそこにあった。蜜村の言うトリックが使われたのだ!」など色々書けると思います。

第2の密室

「胸を五か所も刺されている」(P158)ということでしたが、本作のトリックが使われたのだとしたら、同じ個所を5回刺しているだけなので、刺し傷は一つになるはず。
「ソファーに深々と座らされていたから、勢いよく何度も刺されたとしても死体の体勢が崩れたりしてソファーからずり落ちることもない(P268)。」ということでしたが、微妙に体勢が変わったので、刺し傷が複数個所付いたのでしょうか?
「体勢は崩れてないけど、微妙に変わったので刺し傷は複数ついた」少し微妙な言い回しになると思います。この辺りはしっかりと書いて欲しいです。

液体窒素

本作は液体窒素を万能の接着剤として紹介していますが、本当にそうでしょうか?
ハンドタオルくらいの大きさの飾り布を湿らせてハルベルトの柄と飾り布を液体窒素で凍らせるのは可能だと思います。液体窒素の中に入れて凍らすことが出来るからです。

問題は食器棚とハルベルトの固定です。
液体窒素の中に水を入れたら瞬時に凍るでしょうが、水に液体窒素をかけると水がしっかりと凍るのか疑問が残ります。
しかもそのハルベルトは長さ2メートル。2メートルの棒の先にナイフを付けて5度人体を刺す場合、持ち手にかかる力はかなりのものになるはずです。

また「三リットルくらいの容量の、真っ白な水筒(P239)」の液体窒素の量で足りるとは思えません。
他にも用意していたのかもしれませんが、犯人の部屋を調べた時に何の描写もないですし…

棚の水気

運良く、ハルベルトと食器棚を氷で固定できたとします。
その後、エアコンの力で氷は溶けたのでしょうが、棚はびしょ濡れのはずです(吸水性のある棚だったんですかね…?)。
作中のトリックに関する重要部分について描写が一切ないのは…アンフェアですし、丁寧でないです。

犯人は論理的に導けない!

「一般的にリモコンは赤外線で命令を飛ばす(P268)」とありますが、本作に出てくるエアコンはどうだったんでしょうか?
リモコンで中央棟から隠し通路の操作が出来た場合、犯人は誰でもよくなります。
また、エアコンのリモコンはメーカーが違っても動くものもあります。

これらの疑問は、中央棟からリモコンが効かない描写とかを解決編に書いておけば済む問題です。
何というか…丁寧でないです。

第3の密室

…特に言うことはありません。弾が真っすぐ飛んで良かったですね。

一点だけ。
足と壁との距離は十五センチ程度しかなかった(P186)の部分。
死体を移動させた可能性について何も言及していないのは、いただけないです。

第4の密室

これまた液体窒素ですね。

厚紙か何かで作った長さ二メートルの薄い箱を用意→ドミノを等間隔で並べて水を流し込む→そこに液体窒素を掛ければ、水が凍って直線の板の完成(P251)。
…氷が解けたら厚紙が現場に残るのでは…??
もちろん、枠も氷で作る等々色んな解決方法があると思いますが、作者が書く解決編がこれでは…と思ってしまいました。

この作品を好きになれないところの紹介(雰囲気編)

心理面

「その夜、食堂に集まった皆は一様に晴れやかな顔をしていた。密室の謎が解かれたことにより、ホッと一息ついたようだ。もっとも犯人はまだ捕まってないから、事件は未解決なのだが。」(P146)

これは、刃渡り三十センチほどある、犯人が館の外から持ち込んだものだと推察されるナイフで人が殺され、犯人が捕まっていない時の描写です。登場人物全員、正気だとは思えません。誰も「皆の荷物の確認をしよう」と言い出さないことに恐怖すら感じます。

「おそらく今日か明日には救助が来る。そのせいか、朝の食堂に集まっていた皆の顔は晴れやかだった。」(P350)。

これは、館に集まった人間が4人殺され、その後犯人と思われる人物が捕らえられた後にもう一人殺され、その殺人犯が誰か分かっていない状況下の描写です。

…もちろんこれは葛白の感想なので、顔は晴れやかに見えただけかもしれませんが、作品の中から何の緊迫感も伝わってきません。
私は皆の緊迫感のなさから、これはドッキリ作品なのかと思っていました。

密室使い

「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」

この判例が正確に機能しているのならば、「密室使い」がこそこそしているのが謎です。
顔を晒そうが、名前を晒そうが、密室が不解であれば何のお咎めもないはずですから。
「恨みがあれば『密室使い』に依頼しませんか?」というCMがバンバンうたれている、くらいまで振り切っても良かったのでは。

設定は面白いと思いますが、密室の開け方を書かなければならないミステリで扱うには難しい設定だったのかな、と思います。

おまけ(疑問点)

アプリ

現場にあるトランプがトランプ連続殺人事件で使われていたものなのか「美術品の真贋鑑定アプリ」を使って調べていますが、これを調べている時点でスマホはネットに繋がらないはずです。
と、なるとアプリの中に美術品の写真データが入っているのでしょうが(実際P99にはそう書いてある)、世界中ありとあらゆる美術品の写真データが入っているアプリは容量の関係で携帯電話にダウンロードできないと思います。

アプリを使った人物が犯人なので、アプリそのものが偽物である可能性もありますが、登場人物の年齢層が低めの本作の登場人物が、ネットに繋がらないのにアプリが正常に動くことへの違和感を感じてもおかしくないはずです。

監察医

舞台は埼玉県(P20)。埼玉県に監察医制度はありません。
しかし、医者の石川は「怒られるよ、監察医に」と言っています(P110)。

石川が監察医制度のある県から来ていたためとっさに口から出たのか、石川は偽医者かのどちらかです。

最後に

本作の印象は「ツメが甘い」につきます。
密室トリックが一律好みでない訳ではないので、次回作は挑戦的ではない文章で軽やかに楽しむ密室トリックの本であることを祈っています。