十角館の殺人 感想と探偵の謎解きを考察【ネタバレあり】

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1987年9月に講談社ノベルスから発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第一作!!
(第二作:水車館の殺人の感想はこちら、第三作:迷路館の殺人の感想はこちらです)

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

奇怪な四重殺人が起こった孤島を、ミステリ研のメンバー7人が訪れた時、十角館に連続殺人の罠は既に準備されていた。
予告通り次々に殺される仲間。犯人はメンバーの一人か!?
終幕近くのたった”一行”が未曾有の世界に読者を誘いこむ、島田荘司氏絶賛の本格推理。
まだあった大トリック、比類なきこの香気!

感想

とても面白いです!!
現在の事件と過去の事件、島で起こる事件と島以外の場所で明かされる様々な真実、その全ての繋がりを解き明かすのは、まさしく「終幕近くのたった一行」です。

物語が始まってすぐのプロローグの部分、犯人とおぼしき人物のモノローグから始まりますが、その中で「彼は」という表現が使われます!
これはとんでもないミスなのか、ヒントなのか、それとも罠なのか…
物語開始数行で作品に引き込まれてしまいました!!

さて、この本には「読者への挑戦状」はありません。
そのことにより、この作品は「本格ミステリではない」という議論もあります。

そういった議論に対して、館シリーズ第2作:水車館の殺人のあとがきの中で、綾辻行人さんはこのように語っています。
「僕にとって”本格ミステリ”というのは、随分と曖昧で語弊のある云い方だとは思いますが、”雰囲気”なのです。何と云うか、ミステリというジャンルが、その歴史の中で育んできた様々な”本格ミステリ的エッセンス”とでもいったものがあって、それらがうまく作品で結晶化してさえいれば、結晶化の仕方がどれほどの既成の”本格”と異なっていても、また局部肥大的であったとしても、その作品は僕にとっての”本格”である、と思う。」

そして、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」、連城三紀彦氏の初期の傑作群、『アンチ・ミステリ』の名で呼ばれる中井英夫氏の「虚無への供物」や竹本健治氏の「匣の中の失楽」も”本格ミステリ”であると続けています。

1987年に書かれたこの思想に対しても色々と議論があるのでしょうが、今となっては「綾辻行人さんがこう考えるのであれば、それこそが本格ミステリなのだろう」と言えると思います。

私個人は、”本格ミステリ”という言葉に対してそれほど重きを置いていないので、自分の中での定義というものはないのですが、「読者をあっと驚かせる小説」は好みの分野です。
そういった意味では、本作は非常に私好みの物であり、他の人にもオススメが出来る作品であることは間違いありません。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆☆
一度記憶喪失になり、もう一度初めから読みたい度:☆☆☆☆☆

※追記
十角館の殺人は2007年10月に新装改訂版が発売されました。
新装改訂版と館シリーズ第七作目:暗黒館の殺人を読むと、これまでとは違った十角館の「形」が見えてきます。
そのあたりはこちらにまとめましたので、気になる方はご覧ください。

※以下ネタバレがあります!!

探偵の謎解きを考察

さて、この作品では探偵が犯人を追い詰める描写が省かれています。
私が島田さんだったら、どのようにしてヴァンを追い詰めるのか考察してみました。

島にある物証

島や十角館の中にある物(コーヒーカップなど)に指紋が付いていても「準備のために島を訪れた際、様々な所を触った」と言われてしまうので、狙うべきは「守須の指紋がついている、島にいた6人の私物」でしょう。
ポゥの体温計(P88)、ポゥの釣りの道具箱(P163)、ポゥの薬瓶(P171)、アガサの化粧品が入ったポーチ(P202)、ポゥの煙草入れ(P223)などが挙げられますが、推理小説的な演出とすると、やはりアガサの口紅(P265)でしょう。
アガサは十角館を訪れる直前に赤い口紅を買った→凶器となったその口紅に守須の指紋が付いているのは、守須が島にいた証拠に他ならない!
といった追い詰め方でしょうか。

しかし、口紅の細工は誰も見ていないところで行われているので、手袋をしていた可能性が高いです。
以前から持っていた物ではなく、島に来る直前に買った可能性があり、ヴァンの指紋が間違いなくついている物証はアガサの化粧品が入ったポーチでしょうか。

脅迫状

脅迫状に使用された封筒・B5の上質紙などはありふれているので特定が難しいでしょうが、文字をワープロで打っており、しかも「ワープロは、大学の研究室で学生に開放されているものを使った。」(P258)とありますので、インクやワープロの使用履歴などから特定は出来るかもしれません。
しかし、脅迫状から足がつくのは、ミステリ的に美しいとは言えないでしょう…

風景描写

本土における守須の言動を証明するものとして用意している物が国東半島の磨崖仏の風景描写の絵ですが、「秋に見た風景を早春の風景に置き換えて描いた」ものです(P261)。
例えば、秋にあった木が冬の間に朽ちていた、とか、がけ崩れなどにより磨崖仏そのものがなくなっていた、とか、所謂推理小説的偶然が必要不可欠にはなりますが、その偶然を起こせば簡単に追い詰めることが可能です。
それ以外にも、例えば「一般的には赤いが、国東半島では黄色い花」とか、「一般的には3月に咲くが、国東半島では5月に咲く花」とかが推理小説でよく見られるトリックでしょうか。

「いや、これは秋に見た風景を参考に…」とでも言い訳されれば「守須が書いたとされている絵は、日中守須が本土にいたという証拠ではなくなる」といった追い詰め方が出来るでしょう。

その他

・守須の叔父がボートがないことに気付いた
→推理小説的に美しくない

・J崎からO市の移動中を誰かに見られていたorカメラに写っていた(バイクから特定)
→誰かに見られることは、推理小説的に美しくないでしょうし、いたる所にカメラがある現代ならばいざ知らず、この本が書かれた1987年にはカメラはあまりないと思います。

探偵の反撃

もう一人の探偵・エラリィについてです。
本作では、見せ場もなく、そして濡れ衣を着せられた状態で物語が完結していますが、頭が良く、手品も上手なエラリィが何の反撃もなくただただやられていたとは思えません。

エラリィはヴァンと二人きりになった時点(P228)で、
①外部犯
②ヴァンが犯人

というどちらの選択肢も考えていたと思います(自分が犯人ではないことは自分が一番知っているわけですから…)。

まずは、外部犯であるかどうかを検討するために、ヴァンと一緒に十角館の秘密の地下室に入ります。(P232)
(犯人の可能性があるヴァンと行動を共にすることに疑問も残りますが、外部犯がいた場合、2人いた方が犯人を制圧出来る可能性があがるため、この行動は間違いではないと思います)。

地下室の中は、長年誰も足を踏み入れていないのですから通路にホコリはたまっているはずです。
いくら暗いとは言え、地下室に入る際に先頭を歩いていたエラリィは、足跡の有無は間違いなく判断できたでしょう。
この時点でエラリィは「外部犯はいない=ヴァンが犯人である」「外部犯がいたとしてもこの通路は使っていない」ということは分かったと思います。
しかしながら、十角館の地下通路を犯人の経路と断定しており、これはもう、間違いなくエラリィの芝居でしょう。

かなりの確率でヴァンが犯人であると確信しているにも関わらず、地下室から十角館のホールに戻ってきたエラリィは、ヴァンが差し出す睡眠薬入りのコーヒーを飲み干し、そのまま眠ってしまいます。(P274)
個人的には、この行動も仕方ないと思っています。
他の仲間の殺害状況から、ヴァンが周到に準備していたことは明らかですし、島から脱出も出来ないとすると、エラリィは「負けたよ、ヴァン。名探偵の敗北か…」とキザなことを考えながらコーヒーを飲み干したのではないでしょうか…

しかし、です。
この章の冒頭にも書きましたが、エラリィが簡単にやられたとは思えません。
エラリィに何が出来たのか、そのヒントは「ヴァン不在の時間」でしょう。

アリバイを成立させるため、ヴァンは本土に度々戻っています。
その間「外の叢の中に隠してある、ナイフや接着剤」「土に埋めた、手首を切り取る際に血液が付着してしまった衣類」(P267)をエラリィが見つけることも可能だったはずです。
その証拠品をそのまま奪ってしまうと、そのことがバレた場合、犯人が強硬手段を用いる可能性があるので、見つけた物はそのままにしておいたと思いますが、「血液が付着してしまった衣類」を一部切り取ることは可能だったはずです。

最終的に十角館にヴァンと二人きりになってしまい、指紋や犯人の汗等が付着している可能性がある証拠品を誰かに託す必要が出てきましたが、通常の隠し方をしてはヴァンor外部犯に証拠隠滅されてお終いです。

そこで、エラリィが取った手段こそが、十角館の地下通路を探検することだったのではないでしょうか。
通路を抜けきった時、
「そこは、入江に面した崖の中腹だった。(中略)エラリィは、慎重に足場を確かめながら、一歩外へ踏み出し、ライトを巡らせて周囲の状態を探っていた(P274)」とあります。
この隙に、ヴァンの眼を盗んで、崖のどこかに衣類を隠したに違いありません!!


…と、かなり無理がある手段ですが、エラリィの名誉を回復させる手段はこれくらいしか思いつきませんでした。

ちなみに、エラリィが取るべき最善の手段は、
ポゥが毒入りタバコを吸った瞬間にヴァンを殴り、気絶させ、身動きをとれなくして監禁。
外部犯に対抗するため、寝ずに待機。

ですかね。
ヴァンが犯人でなかった場合、二度と友人関係には戻ることは出来ませんが、自分が死ぬよりはマシでしょう…

ネタバレを書いておいてなんですが、現在漫画が連載中のようです。
このトリックをどのように漫画化するのか、非常に興味深いです!
(十角館の漫画版は完結してから読もうと思っていたのですが、我慢できずに1~4巻を読んでしましました。感想等をまとめてみましたので、こちらからどうぞ!)

綾辻行人さんの館シリーズ第二作:水車館の殺人、館シリーズ第三作:迷路館の殺人についても感想と考察を書いていますので、興味がある方はご覧ください!