阿津川辰海著「紅蓮館の殺人」感想と疑問点と本作における真犯人に関する考察

感想
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2019年9月に講談社タイガから発行された、阿津川辰海著「紅蓮館の殺人」を読みました。
読むきっかけとなったのは、佳多山大地著「新本格ミステリを知るための100冊」に載っていたからです。
webで感想を検索しても「面白かった」「よく出来ていた」「ロジカル」などの意見が大部分だったので、期待は大!!

絶対に謎を解くぞという気持ちで読んでみることにしました。
ところが…。

※今後出てくる作品のページ数は「講談社タイガ」のページ数です。

紅蓮館の殺人

本作は2020年本格ミステリ大賞の候補にもあがった作品です。
タイトルにある通り、「館」を舞台にしたミステリ小説です。
紅蓮館の後もシリーズが続きます。

では、あらすじ。

山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、釣り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か、殺人か。葛城は真相を推理しようとするが、十人と他の避難者は脱出を優先すべきだと語り。
タイムリミットは35時間。生存と真実、選ぶべきはどっちだ。

講談社タイガ 裏表紙より

とても良いですね!
山火事による孤立、館、まさに本格ミステリです。
ホントに存在するの?っていう、吊り天井というのもまたいいですね。
日常ではあり得ない舞台設定に期待を持って読めそうです。

…ですが、一言出版社に言いたいことが。
「つばさが圧死する」と裏表紙でネタバレするのはどうなんでしょうか…?

以下、謎を解きたい人へのアドバイスです。
ここまでは読んでOKです。
・犯人の特定→第二部5の最後に出てきます。なので第二部途中までならOK(文庫P381まで)
・登場人物の正体→第二部2から暴かれます。なので第二部1までは読んでOK(文庫P277まで)

前半の感想(ネタバレ有)

謎を解くぞ!と意気込んで超真剣に読んだ結果、前半(謎解前)と後半(謎解後)でかなり感想が違ってしまいました。
まずは前半の感想から行きます。

まず第一に「とてもいい!!」です。
というのも、

  • 非日常な館
  • 怪しい登場人物達
  • 散りばめられた違和感という名の伏線たち

これらがしっかりとしていて、本格ミステリ好きの心を掴みます。

特に散りばめられた違和感はとても良くて、
「日記の記述」「身長」「つばさの名字」「ゴミ箱の中身の描写」
その他多数…。
パッと挙げきれないくらいに、わかりやすいヒントがばらまかれています。
「手掛かりは十分です。さて、あなたはこの謎がとけますか?」という著者からの問いかけが聞こえるようです!

さて、前半はとても面白かった!。
この調子で謎解き編も読んでいきます!

以下ネタバレです。未読の方はUターンしてください。



 



後半の感想と様々な疑問と各種考察

さて、散りばめられたヒントを記憶に残しつつ、どこまで読んでいいのかな~?と読み進めました。
「読者への挑戦状」があればわかりやすいんだけど…とも思いつつ。

そして、謎解き部分を読み進めるごとに…テンションが下がっていきます…。
前半部分のワクワク感がどんどん萎みます。
そう、つまり! 後半部分は全然良くなかったです!

様々な疑問が渦巻いたので、少し考察してみました。

財田家の面面

文男・貴之・つばさは財田家の人間ではありませんでした。
これは探偵の推理通り「貴之用のはさみ」「文男の身長」「つばさの就学度」から分かります(P284-P287)。

が、問題は「ここ(館)から歩いて五分くらいのところにお住まい」(P68)の久我島との関わりです。
久我島は本来の財田家のメンバーの顔を知らないのか、知っていてとぼけているのか。
これは久我島がどう事件に絡んでくるかを図るポイントになってくると思いますが、明記されていません。

文男が「父(貴之)は休暇を取って、妹は夏休みだけ、僕は休みが取れたから来ただけで、来週には職場に戻る」と言っていますが(P59)、貴之・文男・つばさが本来の財田家のメンバーでないことは分かりますので、この証言を信じる必要はありません。(実際に文男は偽物だったわけですから、この証言は偽証ですし)

「近所付き合いは妻に任せていた」「最近ここに越してきてご挨拶もまだだった」という程度の描写は欲しいところです。もしくは久我島宅が別荘であるとかですかね。

ちなみに。
「つばさたちは、もう一ヶ月も前から山奥の屋敷で過ごしている」(P40)
文男「三週間もかかって財宝なんて一つも見つからなかった」(P288)「まるまる三週間を無駄にして…」(P296)
と言っており、微妙に時間がずれますが、つばさ&貴之が一ヶ月前から、文男が三週間前から屋敷に潜入したと考えると問題ないと思います。

久我島

まずは久我島が自分の奥さんを殺害したことについて。

読者とすると謎が散りばめられていたのでこの家で何かあった、そしておそらく妻が殺されたのだろうということは推測出来ますが、ヒントの出され方とその解答があまりに「推理小説的」過ぎます。

ゴミ箱の中の順番

化粧水のボトルと口紅が事件当日と前日の広告の下に棄てられていた
→化粧水と口紅を使い切ったのは前日だった

という部分(P303)についてですが、この流れは…あまりに推理小説的すぎます。
久我島の奥さんがどのゴミをどのタイミングで捨てている人かが書かれていないと、化粧水と口紅を使い切ったのは前日だ、と読み取るのは不可能です(前日と当日のスーパーの広告を比べ、事件当日化粧品を使い切り、まず化粧品を、次に広告をゴミ箱に入れたのかもしれません)。

そもそも、化粧水と口紅が広告の上に棄てられていたのか、広告の下に棄てられているのか、化粧水と口紅を使い切ったのは前日だったのか。これらはあまり事件に関係しないと思います(事件が起こった時間が問題になっていればアリですが…)。
次の「化粧をせずに町まで出たのは不自然」と繋げたい部分だと思いますので、条件付けとしては「封が開いていない新品の化粧品しかない」だけで十分のはずです。(事件当日の広告の上に化粧品のゴミがあったとしても、化粧してから殺されたことにすれば説明はつきます)

そしてこれは余談ですが、化粧水と口紅が同時になくなるタイミングがちょっと想像できません。寝る前とか、朝起きて洗顔して化粧水をつけないタイプ?
どちからと言うと、メイク前に化粧水をつける人の方が少数派だと思います。ゴミ箱の中に棄てられた物の順番に意味を持たせるのであれば、化粧水をいつ使うかも重要ポイントだと思うのですが…

化粧

「女性が化粧をせずに町まで出たのは不自然」と探偵は言い切っていますが、山の麓の町に買い出し(P68)レベルであればすっぴんで出歩くのもそこまで不自然ではないはずです…
と言うか、私は出歩くときはほとんどスッピンです!!
ここを読者に納得させるのであれば「久我島の妻は家から出る時は必ず化粧をするタイプだった」という描写が必須です。

「問題は別の形で提起されてきます。彼女は化粧直し用の道具が入っていたハンドバックさえ持たずに、出かけたことになってしまうのですよ」(P304)
と探偵は言っていますが、久我島の妻がスッピンで出歩く場合、何の問題もありません。

描写の中に「山の麓に働きに出ている」とかがあれば化粧をする蓋然性が高まりますし、「ハンドバックの中に財布・身分証明書がある」とかがあればそもそも出掛けていないという疑いが高まると思います(ヒント出しすぎですかね)。

「古い方のスニーカーを履かず、新品のスニーカーを使って山道を下りる」という行動は「新品のスニーカーで山道?靴擦れしてたまらないはず!奥さんの行動の不合理さには驚かされますね」と言われなければならないほど不合理でしょうか?
山道は使い慣れたスニーカーしか履いていけない…?
新品のスニーカーだからこそ、使い心地を確認する為に山道を歩くんじゃ…?

そもそも

久我島は山火事のためとりあえず急いで逃げてきましたが、家には自分が殺した妻の死体があり、その証拠を隠滅せねばなりません。

そんな状況の人間が、家に戻ることに対して他人に許可を求める(P70)でしょうか?私ならこっそり家に戻ります。
また、他人の同行を許可するでしょうか?私なら絶対断ります。
さらに言えば、自分が殺した死体がある家に他人を入らせるでしょうか?私なら断り切れず同行を許可したとしても、玄関先で待ってもらいます。
さらにさらに言えば、自分が殺した死体があり、家の2階に家を燃やす時限装置を作った状態の人間が、他人から目を離し、時限装置の撮影を許すでしょうか?(P89,P312)

物語の展開上仕方ないことかもしれませんが…作者が書き易さを優先したご都合主義描写は、冷めます。

ちなみに、探偵は「奥さんの死体を、自分の家の床下に隠した」(P301)と言い切っていますので、もう一度久我島の家に行き、不法侵入後、死体を見つけたのは間違いないです。

小出

盗賊、ですか…絶対に読者は分かりっこないですね。
後ろから話しかけられることを嫌う、ということを盗賊の根拠にしているのは面白かったですね!

ニュアンス

「『財田貴之』の自己紹介を聞いて、目を丸くしてから『へえ、あんたが…』」
という部分から、探偵は
「目の前にいる男が『貴之』だなどとは信じられない、というニュアンスでその言葉を発した」
と言い切ります。
読者に作中の人物の発言のニュアンスは分かりませんので、この時点で読者は置いてけぼりです。
ニュアンスを文章に落とし込んでいないのはただの表現力不足ですが、ここまでならまだ百歩譲って納得できます。

超理論

「目の前にいる男が『貴之』だなどとは信じられない」というニュアンスを受けて
→「この非常時、家に財田貴之の偽物がいると確信出来るのならば、それを告発すべきだがそれをしないのはおかしい」
→「告発しないということは、小出は財田貴之と名乗る男を二人知っている状態にすぎなかった!」
→「二人目は盗みの依頼を受けた際に会った『財田貴之』だ!」(P321)

…超理論過ぎて意味不明です。

探偵は何故「財田貴之と名乗る男を二人知っている状態だった!」と言い切ったのでしょうか。
目の前にいる男が本物かどうか分からない状況はいくらでもあります。
幼い頃に会っていた、誰かから名前だけ聞いていた、昔の同僚だった…
(推理小説的にありそうなのは、雄山と因縁がある「青の回想」のモデル:水江(P184)の縁者だった、でしょうか)
探偵は本作を最後まで読み切ってから謎解きに挑んだとしか思えません…

仮に「目の前にいる男が本物か分からない」理由が「同じ名前を名乗る人間を知っている」からだとしましょう。(かなり無茶な理論ですが…)ここまでは千歩譲ってもいいです。しかし次は許せません。

「財田貴之を名乗る人間の片方は、小出に盗みの依頼をしたのだ!
何故この結論が?何故盗みに断定?
そしてこの推理は正解していたようです。いつから探偵は超能力と同義になったのでしょうか?

私も今後の生活の中で、目を丸くして「へえ、あんたが…」と言われたら、「お前、盗賊だな!」と言いたいと思います。

ついでに

探偵は「この非常時、家に財田貴之の偽物がいると確信出来るのならば、それを告発すべきだがそれをしないのはおかしい」ということを理由に「小出は財田貴之と名乗る男を二人知っている状態にすぎなかった!」と断定します!

探偵・飛鳥井は財田貴之を偽物だと確信した後も告発していませんが…??
おかしいですね!!

三流

小出は❝三流の盗賊❞です。

・セキュリティーに気を付けるそぶりを見せ(P317)、探偵に不信感を抱かせる
・いつ館が燃え落ちるか分からない状況で、皆が寝静まった夜に何の活動もしない
・未発表原稿が紙なのか、フロッピーなのか、USBなのか知らない(P325)。何の下調べもしていない
・未発表原稿が金庫の中にあることすら特定できていなかったのに、金庫がなくなった途端逆ギレ
・金庫に原稿があることを特定していなかったのに「俺にはこの金庫から原稿を盗み出すプランがどんなに少なくても十数個あった」と謎の発言(P375)をし、雇い主に暴力を振るう
・結局仕事は失敗

…三流どころか、五流ですね。

ちなみに、小出の三流っぷり。飛鳥井は気付いていたようです。
小出を明確にヨイショしています(P332)。

 

財田貴之

本物の財田貴之についてもいくつか疑問があります。

独白

雄山の枕元に立つ真の息子の独白が入ります(P105)が、作中の時系列的に夜十二時頃~翌朝七時までの間の独白です。
本物の財田貴之は朝七時に屋敷に潜入して九時に金庫を穴に落とすまで何をやっていたんでしょう…?
屋敷の中にいる全員が吊り天井の部屋に集まっているので、屋敷の内部を熟知しているならば、雄山の部屋から金庫を盗み隠し通路に金庫を落とすなど、どれだけ多く見積もっても10分もあれば可能だと思うのですが…?
「午前七時前後に侵入した」というのは探偵が言っている(P368)だけなので、八時頃に侵入した可能性もありますが、そうなると独白の時系列がずれることになります。
「現在の心情」「過去の情景」を入れるのはよくあるけど、まさか「未来の心情」だとは…。ずるくない?
いや、私が解けなかったからそう感じるだけで、ズルくはないのかもしれないですが…
(原稿を探すことや、金庫の鍵を開けようとすることに時間がかかった可能性はありますが、だとしたらそれを描写して欲しいです。「一見すると違和感はないが、以前見た部屋の様子と微妙に違っていた」とでも書いておけばいいはずです)

まさかの時刻表トリック

真の息子は福岡在住です(P294)。
福岡在住の人間が翌朝七時に館がある軽井沢(P12)に着けるでしょうか?

…結論から言えば可能です。
福岡→羽田間の飛行機は夜遅い時間まで飛んでおり、福岡を夜九時の飛行機に乗ればおよそ十一時には羽田に着きます。羽田から軽井沢までは三時間程ですので、理論的には可能です。(軽井沢で起こった山火事を福岡のニュースが取り上げ、それをたまたま真の息子が見た、という奇蹟的な偶然の上に成り立っていますが…)
ちなみに館に不審人物が三人居ても気付いていないので館にセキュリティシステムはありません。真の息子が山火事を知れたのはラッキーだった、と言わざるを得ないでしょう。

それはともかくとして、それだけ行動力のある人間がわざわざ❝盗賊❞に金庫の中身を盗むことの必然性を感じません。
何故なら彼は「本物の」息子です。盗賊に依頼せずとも堂々と正面玄関から入り、ゆっくり時間をかけて金庫を開けるなり、金庫を盗むなりすれば良かったのでは…??

「化粧をしないで街に行く女性はいない!」「新品のスニーカーで山道を歩くなんてなんて不合理だ!」と叫ぶ探偵なので、本物の財田貴之の異常な行動についても言及して欲しいものです…

“爪”

犯人は「爪」こと久我島でした。
爪の自白の中に自宅訪問する飛鳥井が登場します(P388)ので、「爪」は久我島で間違いないのでしょう。
探偵が「爪」の正体に辿り着いた理論の方にどうしても納得がいきません!!

絵をどのように館に持ち込んだか、という問題に対し、各個人の持ち物の大きさから容疑者を絞り込む理論はとても面白かったです。

しかしながら、探偵の超理論により救われた人物がいます。「本物の財田貴之」です。

「貴之氏には機会がありません。午前九時にした物音からして、侵入したのは今日の早朝であることが明らか」(P397)
何故早朝であることが明らか?夜に侵入してつばさの部屋にいてもいいのでは?
「金庫の近くで倒れていた彼の周囲には、リュックやバッグ、その他の手荷物は一切なかった」(P397)
倒れた時に手荷物を持っていないことは、手荷物を持って来なかったことの証明にはなりません。館侵入後、リュックを処分した場合は?
ちなみにこの後貴之は探偵の「着の身着のままで突入してきたのでしょう」という問いかけに、「え、ええ」と動揺しながら答え、困惑している様子を見せています。
恐らく彼の中では「こいつは何を言ってるんだ???」という思いで一杯だったと思います。(この後本物の財田貴之は「この近くに車を止めてあって、荷物は、全部そこに」(P398)と実際は手荷物は持って来なかったんでしょうが、「金庫の近くで倒れていた際に手荷物がないこと」を「手荷物を持って来なかった」ことの根拠にしていることが問題なのです)

もちろん「本物の財田貴之」がつばさを殺害するのは、タイミングなどから考えてかなり難しいので、犯人ではないでしょうが、理論展開に全く納得がいきません。

さらに言うと。
読者視点からすると、「爪」が絵を所持していたという情報はP386まで明かされません。
「爪」は連続殺人鬼について取材していた雄山に対し、足がつかないやり方で絵を売った。そのため絵は元々館に会った…
という展開も考えられます。
絵は最初から館にはなかった、という条件付けをうまく書いて欲しかったです。

これもなあ…という感じです。

右手は奇麗で、左手は煤塗れになる状態は右手だけを握りこんでいたからだ!(P400)
この論理はもちろん納得いきます。しかし、これを推理小説に書くなら「バッグの紐を握りしめた後、他の物には絶対触らなかった」ということを書かないと読者はついていけません。

せめて、
探偵「あのバッグ、よほど大事な物が入っているようだね。彼は一度もバックの紐から手を離さなかったよ」
助手「通帳とか入っているから当然なんじゃないか?」
等のミエミエの会話の伏線を張ってももらえれば…

あと、さらに言うなら「煤が付いた手を洗った可能性」を排除する為に、作中の水を徹底管理するべきです。ミネラルウォーターを一括管理するとか、水を貼ったバスタブがある部屋は施錠するとか…食堂にミネラルウォーターが誰でも取れる状態で置いてある(P95)のであれば、手を洗うのは容易です。

装飾

これも頭を悩まされました。

つばさを殺したのと、天井を落下させたのは別人、という探偵の理屈(P414)はまあ分かります。

次に探偵は「犯人は飛鳥井さんへのシグナルを発するはずだ」(P415)と断定しています。
…天井裏の絵や造花がありますのでうーんと思いましたが、ある程度は理解できます。

しかし問題はここからです。

探偵は見てきたかのように「(犯人は)つばささんの手にネイルアートを施し、花を飾り、匂い袋の匂いをつける」(P415)と言い切ります。
飛鳥井へのシグナルが違うものの可能性は?
探偵は飛鳥井から「爪の特徴は、造花で死体の周囲を飾り、香水をふりかけ匂い袋を残す。最後の仕上げが、その爪にネイルアートを施すこと」(P254)と聞いています。
何故香水についての言及がない??

探偵は「死体の装飾を剥ぎ取る。それが出来たのは、飛鳥井さんだけでした」(P417)と言いますが、「今回の事件で、死体にどのような装飾が施されたのか。それを知っているのは犯人だけだ。それなのにどうして装飾内容を探偵が知っているのか」と言いたいです。

本作最大の違和感

その後の探偵の名推理が、本作最大の疑問点です。

飛鳥井さんは、ネイルアートを破壊し、花を片付け、消臭剤をまくことで匂い袋の匂いを消した(P416)
しかし、匂い袋からは匂いはしない!こんなことをするのは、匂いを嗅げない状況にあった人だ(P419)

読者としての違和感

消臭剤!?
あまりに急に出てきたので何度も読み返しましたが、ここが初出のようです…
読者は「あんなに血塗れの現場なのに、血の匂いのことが書いてない!これは現場に消臭剤が撒かれているからだ!!」と読み取れば良かったのでしょうか…??

爪としての違和感

爪は「死体に香水を振りまく特徴」があります(P247)。また、「香水をふりかけ匂い袋を残す」特徴もあるようです。
そして、爪こと久我島は「ネイルの道具も匂い袋も造花も、使う道具は一式手元に用意」しています(P388)。

「十年前の感覚は未だ忘れられなかった」(P388)と言っている爪が「匂い袋の匂いが消えている」ということに気付かないでしょうか?

しかし、匂い袋からは匂いが消えており、古い布地の臭いしかしていません(P349)。
私が知っている消臭剤と言えばファブリーズですが、布にファブリーズをかけたらファブリーズの匂いがします。香水や匂い袋の匂いのみ消し、古い布地の臭いは消せず、消臭剤自体には何の匂いもしない消臭剤…は存在しないと思いますので、匂い袋の匂いが消えていたんでしょう!
どう考えても爪の人物像と合いませんが!

そして、消臭剤のことも気になりますが、探偵は何故倉庫にあった小さな巾着袋(P349)が犯行に使われた匂い袋だと断定したのでしょう?事件現場で見ていたとしか考えません…

違和感の好意的解釈

また、爪の今回の犯行について、超好意的に解釈すると「甘崎の模倣」です。
甘崎が見つかった時、香水は雨に消され、匂い袋の匂いも消えていました(P247)。

だからこそ、匂いのしなくなった匂い袋を置いた、と考えられなくもないですが、そうすると今回の犯行時造花を置くのは変ですし、ネイルアートの色は水色ではなく、甘崎と同じ黒と白のチェック柄(P246)のはずです。

 

描写で気になるところ

あまりに疑問点が多すぎました…
以下、個人的に意義ありな点をさらっとあげておきます。

  • 釣り天井の部屋の血の描写
    「天井上の死体を移動させて、床の真ん中に設置」するのに、そんな血の付き方になるのでしょうか? 壁際の床にもっとべったりつくと思う。
    また壁についた血について、初動で探偵がスルーしてるのもおかしい。
    絶対気づいて指摘する場面なのに何の指摘もない。
  • つばさの死体を放置
    せめて布でもかけてあげればいいのに。ぐちゃぐちゃな横で物語進めていくのがシュール。
    それとも描写外で掛けたのか? それならそれでちゃんと描いて欲しい。
  • 犯人が額を天井上に飾ったタイミングが言及されない
    天井上に登って帰ってくるには、2人居ないと不可能なはず。
    つばさ生前なら「つばさに飾らせる」「つばさの前に登らせてもらって飾る」事が可能だけど、
    そんなことある?余程犯人が口達者だったか、つばさが考え無しだったか…。
    つばさ死後に飾ったなら、必然的に複数犯の犯行ということになる。
    この辺りの描写が、犯人探しにかなり重要だとおもうのだけど。まったく触れられない不思議。
  • 吊り天井の部屋の謎
    P226に「吊り天井図解」があります。
    この図をよく見ると…2F部、階段のギザギザが引っ掛かっています!このままでは吊り天井が絶対に落ちて決ません!端っこが柔らかい素材で出来ている階段なのでしょうか…?

真犯人

さて、本作には様々な疑問点があります。
・探偵は、どうやって久我島の家の床下に久我島の妻の死体があると見抜いたか?
・探偵は、小出をどうやって盗賊だと見抜いたか?
・探偵は、小さな疑問点はことごとく指摘するが、何故「本物の財田貴之」の行動(屋敷に侵入してからの時間や手荷物など)は指摘しないのか?
・探偵は、「爪」が施し、飛鳥井が片付けた装飾の内容を何故知っていたか?
・探偵は、何故倉庫で見つけた小さな巾着袋を事件で見つけた物だと断定したのか?
そして
・過剰なまでの美意識がある「爪」は、何故匂い袋に匂いをつけないというミスを犯したのか?(甘崎事件の模倣だとしたら、何故ネイルアートの色が違うのか?)


…これらの疑問を合理的に解決する手段は「探偵」こと葛城がつばさを殺した真犯人であり、「爪」こと久我島をスケープゴートとした、ということです。
動機は「助手の前で的確な推理を披露することによる助手の精神的支配」「助手の憧れの的であった飛鳥井に対しての圧倒的勝利」といったところでしょうか。

葛城の行動は次のとおりです。

館で助手が飛鳥井にデレデレしているのを見て苦々しく思う葛城。

久我島の家に行った際、様々な疑問点があったため、一人で久我島の家を再度訪問し、床下から久我島の妻の死体を発見します。(おそらくこの時、久我島が「爪」である証拠も発見しています)
葛城は久我島に事実をバラさない代わりに抱えている全ての秘密を話させることを要求し、爪と飛鳥井との因縁等を聞き出します。

また、セキュリティについて気を付けている小出を見て、何かおかしいと思い小出を買収。葛城は良家の出ですので、手元に現金があった。もしくは身に着けていた貴金属を担保にしたなど、様々な方法があると思います。(ちなみに小出が一流の盗賊なら買収にはのらないでしょうが、小出は三流なのでホイホイ買収にのったと思います)

そして、小出が盗賊であると聞き出すと同時に「館で手に入れた情報の共有」「自分たちの護衛」です。
盗賊である小出が「お宝!」と書いた地図を葛城に見せた(P194)こと、久我島の凶刃から葛城を守った(P314)こと、葛城を「気に入ってる」と言うことで他の外敵を牽制した(P342)こと、に説明がつきます。

さて、自分に好意を抱いているつばさが天井裏の秘密を話してくれたことにより、天才的な計画を思いつき、それを実行。
「爪」の犯行に偽証するため、久我島が持っていた造花や匂い袋などをセットします。(自分がセットしたので「爪」の装飾の内容を知っているのも当然です

また、葛城は本来の「爪」ではないため、匂い袋に匂いが付いていないことに違和感は覚えません。(倉庫にあった巾着袋が事件で使われていた物だと分かったのは、自分で使ったものだったからです)

ちなみに、吊り天井の部屋の上に何かあると発見した際、葛城は上には上がりません。
隠し部屋に何があるかまず自分が一番最初に見たいはずなのに「自分が上に上がりたい」とは言いだしません。これは、上に何があるかすでに知っているから、そして飛鳥井と一緒に上に上がってしまうと、飛鳥井がショックを受けているところを見て自分が喜んでしまうのが抑えられないから、でしょう。

そして推理を披露し、助手からの尊敬と信頼をより強固なものにします。

葛城が「本物の財田貴之」の行動に対して、何の指摘もしないのは、絵は久我島が持っていたこと・自分がつばさを殺したことを知っているから。そして葛城にとって雄山の未発表の原稿などどうでもいいからです。

最後に、隠し通路の中で歩く順番と梯子を上がる順番を調整し、飛鳥井が最後から2番目、久我島を一番最後に調整します。(葛城がただの探偵であれば、飛鳥井と「爪」を最後の二人にする訳がありません。爪が逆上して飛鳥井を襲う可能性もある訳ですから)
そして、狙い通り飛鳥井が久我島を殺害。
つばさ殺害の罪は久我島のものとなります。唯一の問題であった「久我島を脅していた」という事実も飛鳥井が消してくれました…

総評

前半「とても良い」後半「残念」なミステリでした。
様々なヒントの出し方も良かったですし、甘崎の過去の描写も「何か仕掛けたかったんだろうな…」と思われる書き方がしていました。

しかし「こんな些細なことを気にしているのに、こんな大きな違和感には目を向けないの!?」というツッコミを振り払えるほどの魅力はなかったです。
この手のミステリの永遠の課題なのかもしれません…

ただ、残念だと感じたのは本作を「本格ミステリ」として真剣に読んだためです。
本格ミステリとしてあまりに前半部分が良い感じだったので、後半への期待が膨らみすぎたかなぁ。
前半のクオリティが後半でも続いていたら、まさに「素晴らしい本格ミステリ」だっただけに残念です。
「青春ミステリ」とか、「探偵の葛藤ミステリ」とかで紹介されていて、物語としてサラっと読むなら最後まで「良い」小説でした。


本 | こそぶろ (kosoburo.com)

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