1934年4月~12月号に雑誌「新青年」に連載され、1935年5月に新潮社から発行された、小栗虫太郎(おぐりむしたろう)さんの小説です。
夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』とともに、日本探偵小説史上の「三大奇書」であり三大アンチミステリーの一つと言われています。(竹本健治『匣の中の失楽』を加えて「四大奇書」と呼ばれる場合もあるようです)
※今後出てくる作品のページ数は「河出文庫」のページ数です。
あらすじ
黒死館の当主降矢木算哲博士の自殺後、屋敷住人を血腥い連続殺人事件が襲う。奇々怪々な殺人事件の謎に、刑事弁護士・法水麟太郎がエンサイクロペディックな学識を駆使して挑む。江戸川乱歩も絶賛した本邦三大ミステリのひとつ、悪魔学と神秘科学の結晶した、めくるめく一大ペダントリー。
※このあらすじは河出文庫の背表紙から引用しています。
あらすじの時点で私には理解できない文字が躍っています。(エンサイクロペディック…百科事典的な。ペダントリー…知識や教養をひけらかすこと、学者ぶること、知ったかぶりをいう。)
文庫本のあらすじに「ペダントリー」という作者を貶めるような単語を使うのはいかがなものかと思いますが…。
感想
全体を通して
まさに一大ペダントリーでした!!
本作についてウィキペディアの中の一文を紹介します。
「晦渋な文体と、ルビだらけの特殊な専門用語多数を伴う、極度に錯綜した内容であるため、読者を非常に限定する難読書とされる(これについていけるかどうかは、改行なしの冒頭2頁でおおむね判断可能なほどである)。」
私は冒頭2頁で本を読み始めたことを後悔しました…
作品の雰囲気を味わってもらうため、目次を抜粋して紹介します。
第二篇 ファウストの呪文
一、Undinus sich winden(水精(ウィンディヌス)よ蜿(うね)くれ)
二、鐘鳴器(カリルロン)の讃詠歌(アンセム)で……
第三編 黒死館精神病理学
一、風精(ジルフス)……異名(エーリアス)は?
二、死霊集会(シエオール)の所在
など、目次の時点で読めない文字や理解できないルビが延々と続きます。

作中も同様です。「蝋質撓拗症(フレキシリビタス・ツエレア)」「第四客積(フォースディメンション)」などなど、今の世の中ならライトノベルの中でしかお目にかかることが出来ないような複雑なルビがこれでもかというほど詰め込まれています。
何より驚かされるのは、本作に登場する様々な単語や事象の説明は造語や捏造があり、どれが正確な物であるか不明である、ということです!
つまり、このルビだらけの本作を読んだとしても、正しい知識は身に付かないのです!
ミステリとして
ミステリとしての面白さについてですが、まず主人公が魅力的でありません。
なにしろ、状況証拠的には犯人は一人でしかありえず、また尋問した時の犯人の受け答えも不自然さしかなかったというのに、お咎めなしとしています。(ちなみにお咎めなしとした後も殺人は続いてしまいます…)
また、トリック等が魅力的かと言われたら決してそうではありません。
本作について澁澤龍彦が書いた解説文の中(P514)で
この『黒死館』では、トリックはあくまで装飾的かつ抽象的であり、読者をして謎解きの興味へ赴かしめる要素はほとんどないと思われるので
と書いてしまっています!(ちなみに澁澤龍彦は解説文の中に犯人の名前を書く、という前代未聞の暴挙に出ています!)
通常のミステリであれば「一見関係のないような知識や現象から犯人やトリックが分かる」というのがお約束です。
例え作者の捏造だったとしても、本筋に関係がある知識であればそれを読むことに抵抗はないのですが、本作は全くそんなことはありません。本筋に関係ない話が延々と続く小説です。(本作にミステリ的な常識を用いることは間違いだとは分かっているのですが、ついつい気になってしまいます)
個人的に少し面白いと思った部分は
「それが、この事件の超頂点(ウルトラ・クライマックス)だった」(P314)
というところです。
なかなか「ここがウルトラ・クライマックスだぞ!」と教えてくれる小説に出会ったことがなかったので新鮮でした。
ミステリとしての面白さは皆無であり、ただただ読み辛い本…
本作は「黒死館殺人事件を読んだことがある」という肩書が欲しい人以外にはオススメすることが出来ません。
物語の筋を追うだけならそれほど時間はかからないのですが、作者の衒学趣味に付き合うと一生かかっても本作を読み終えることは不可能です。
まさに「奇書」に相応しい一作でした。
総評
読んでよかった度:☆
また読みたい度:
作者は京極夏彦になりたかったのだろう度:☆☆☆☆☆