井上真偽処女作! 恋と禁忌の述語論理(プレディケット) 感想&考察【一部ネタバレあり】

感想
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2015年に講談社から刊行された、井上真偽(まぎ)さんの第1作:恋と禁忌の述語論理(プレディケット)。
この作品は「第51回メフィスト賞」を受賞しています。
メフィスト賞は「未発表作品を対象とした新人賞」「ジャンルはエンタテインメント作品(ミステリー、ファンタジー、SF、伝奇など)」だそうです。(ジャンルの幅が広い分、受賞するのが難しいと思います)

井上真偽さんの第3作目「聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた」。個人的にはなかなかの問題作でした。
「第1作目には、作家の全てが詰まっている」と何かで読んだような気がするので、第1作を読んでみることにしました。

※総評(ネタバレ前)以後、ネタバレがあります!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社文庫」のページ数です。

あらすじ

雪山の洋館での殺人。犯人は双子のどちらか。しかし何れが犯人でも矛盾。この不可解な事件を奇蹟の実在を信じる探偵・上苙丞が見事解決ーと思いきや、天才美人学者・硯は、その推理を「数理論理学」による検証でひっくり返す!!
他にも個性豊かな名探偵たちが続々登場。名探偵を脅かす推理の検証者、誕生!

感想

本作は
・レッスンⅠ「スターアニスと命題論理」
・レッスンⅡ「クロスノットの述語論理」
・レッスンⅢ「トリプレッツと様相論理」
・進級試験 「恋と禁忌の……?」

の4部作で成り立っています。
探偵と助手が事件に遭遇。探偵が鮮やかに「謎」を解決。助手が検証者にその話を持ち掛けるとまた違った結論が見えてきて…といった構成です。(ちなみに各話毎に探偵は異なります)

さて、この作品を楽しく読むためには2つの障壁があります。

障壁1:数理論理学

開始5ページ目(P11)から「充足問題」「論理式 (¬C⇒B)∧¬(¬A⇒B)∧(D⇒(A∧C)) は真である」という文字達が並びます!
さらに「公理」「推論規則」「排中律」などの言葉が並び、極め付きは巻末資料1~5(P457~P461)です。
(タイトルだけ書くと巻末資料3「自然演繹びシークエント計算・体系LK」と書いてあります…見たことも聞いたこともない言葉でした…)

このあたりの数理論理学の話は、私には高度過ぎて読み終えるのにかなり時間がかかりましたね…
京極夏彦さん的な…というより、理解出来ないという意味では「黒死館殺人事件」を連想してしまいました…

障壁2:ライトノベル的なノリ

・超高校偏差値女子高校からT大へ進学、フランスの研究機関へ出向きそのままフランスの金融機関に就職。何年かで日本の平均的サラリーマンの生涯賃金の数倍以上の蓄財を成し、悠々自適のセミリタイア生活を送っているアラサー(見た目は二十代前半)の天才美人学者にして探偵の検証者:硯さん

豊富な植物知識と鋭い洞察力の持ち主。過去多くの難事件を解決している清楚で淑やかな女性動機を重視する花屋探偵:藍前あやめ

・学力優秀、インターナショナルスクール出身で四ヶ国語堪能、MBAのコースを履修済み。一人称は「俺」の巨乳。状況を場合分けし仮説立案を重視するロジカルシンキング探偵:中尊寺有

・長身、翡翠とターコイズブルーのオッドアイを持つイケメン。赤い服に青い髪。未来予知能力を持ち奇蹟を探す「その可能性は考えた」探偵:上苙丞

硯さんから明確な好意が出ているにもかかわらず、それに気付かない恋愛シュミレーションゲーム主人公のような語り手:森帖詠彦

という、設定だけでお腹いっぱいの登場人物達が登場します。
(ミステリ批評の一部に「人間が描けていない」というものがありますが、本作は人間を描きすぎている気がします…)
幼少期のセクハラ悪戯をバラされて焦る語り手語り途中で美人の登場人物が登場するとそこに食いつく検証者などなど、何というかノリについていけませんでした…。

本作は前述の2つの障壁をくぐり抜けることが出来た猛者だけが味わえる作品でした。

…とここまで褒めている部分が少ないですが、個人的にはレッスンⅢ「トリプレッツと様相論理」はとても面白く読むことが出来ました。
しかしながら、本作最大の見所でもある数理論理学の部分をほとんど理解が出来ぬまま読破してしまったので、「なるほど、推理小説と数理論理学とを組み合わせる試みは面白い」と手放しに思えないことが残念です。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆☆(読み終えることにかなりの体力を使いました)
また読みたい度:☆(ノリが合いません)
ライトノベル風が好きな数理論理学者にオススメ度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

総評(ネタバレ後)

「謎→解決①→解決①の問題点を指摘し解決②を提示」という手法は、第3作目「聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた」でも用いられていましたが、このやり方の問題点は解決①が納得がいき面白いものでなくてはならない、ということでしょう。

レッスンⅠ 「スターアニスと命題論理」

レッスンⅠは全部で136ページありますが、問題編となる部分は「P33~P46」までしかないです!!(しかも途中に様々な茶々が入るため、文量はもっと短いです)

そして問題部分を読むと、しきみ混入シーンに明らかにおかしなことを言っている人物がいるので、犯人と思われる人間の特定は簡単です。

その後花屋探偵の推理が展開されますが「被害者の妊娠を邪魔するのが目的なら、スターアニスだけで十分」→「わざわざ毒性の高いしきみを混入させる必要がない」→「必要がないのにそれが生じてしまった理由は偶然」
…??
そもそも、「被害者の妊娠を邪魔するのが目的」という根拠がどこから出たのか?
そして「殺意を持ってしきみを混入させた」場合は?

花屋探偵は「偶然」の仕業にしたいのでしょうが、それにしても論理が全く理解できません。花屋探偵の論理に飛躍があり過ぎて、「この花屋探偵or語り手が犯人なのか?」と思ってしまったほどです。

花屋探偵の推理後は硯さんが50ページに渡り、数理論理学を披露します。
が、数理論理学を使わずとも解けそうな問題だったため、数理論理学に夢中になれませんでした。

レッスンⅡ 「クロスノットと述語論理」

この作品には「ビルの見取り図と監視カメラの位置」という挿絵が登場します(P168)。
挿絵がある推理小説は作者の自信の表れだと思っていますので、楽しく読むことが出来ました。

「古典論理的には完璧」という表現はなるほどと思いました。
確かに通常の短編推理小説ならば、オーナーシェフが逮捕されて終わりだったように思います。
(「カッとなる」→「自分がしていた『こだわりの世界に5本しかないネクタイ』をシュッと取り凶器とする」のは、カッとしていたわりには冷静だな、と思いますが違和感程度です)

レッスンⅢ 「トリプレッツと様相論理」

やはり、推理小説といえば「閉ざされた雪の山荘」ですよね!レッスンⅡ同様、挿絵もあります(P326-P327)。
トリックそのものはとても面白かったです。
足跡トリックの発見として後世に語り継がれる作品なのではないでしょうか。

第3作目「聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた」から読んでいる私としては、言わばエピソード0を読んでいるような感覚でした。フーリンがかなり中国人っぽい喋り方をしている点が面白かったです。

強いて言えば
・序盤の冗長なデートシーン
・「予知した事件の犠牲者となる人間に聖痕が視える」という能力が事件に影響を与えていない点
が気になりましたが…

進級試験  「恋と禁忌の……?」

解説者の言葉を借りると進級試験は「三本の中編を思いがけず串刺し」にします。

個人的にはとても受け入れ難いライトノベルのような雰囲気も、投げ出してしまおうかと思った数理論理学を始めとする一連の講義も、この驚きのためだったと思うと…
いや、思ってもイマイチですね。

本作のエピソードⅡ・エピソードⅢは「語り手が仇討ちに手を貸すために考えた完全犯罪トリック」ということでした。

その場合エピソードⅡにおいて、完全犯罪トリックとして用いる手段が「変装による犯人と被害者の入れ替わり」だとすると、犯人側のリスクが高すぎると思います。イタリアンカフェレストランオーナー≒アジアンカフェの雇われ店長馬場園さんと実行犯藍前ゆりとは面識があるからです。(ゆりはあやめに実行を依頼するつもりだったのかもしれませんが…)
ちなみに「ゆりがたまにそこでバイトする」(P41)という記述もありますから、藍前ゆりが監視カメラ事情にも詳しかったことにも納得です。
最終的な問題であったクロスノットの結び目にのみ気を付ければ実行出来たんじゃないですかね…

また、レッスンⅢにおける身代わりにされる犯人の役割が多すぎます。
「周防≒馬場園or都築」がたまたま窓の外を見ていない場合、状況証拠的に「イリナ≒ゆり」「オリガ≒あやめ」の2人しかおらず、そして、両手が使える「イリナ≒ゆり」が犯人、と確定してしまいます。

共犯者は偽証するでしょうが、身代わりにされる犯人は偽証する必要もありません。特定の時間に窓の外を見てもらう、という行為を行ってもらう場合、何かしらの証拠が残る気がします。
最悪のパターンを考えると、事件後身代わりにされる犯人「周防≒馬場園or都築」を殺害→花屋探偵が華麗に解決→被疑者死亡で事件解決、という力業を用いるつもりだったのでしょうか…。

そういった面で見ると気になることが1つ。
レッスンⅢにおいて実行犯と共犯者が逮捕されなかった理由は未成年かつ双子だった(DNAによる特定が出来なかったから)です。
ということは、藍前あやめ・なでしこ・ゆりの三姉妹は三つ子であった、ということです。検証してみましょう。

・硯セリフ「詠彦くんって、もう大学二年のはずじゃ……」(P378)→詠彦は大学二年生じゃない可能性有り
・詠彦語り「僕は大学の友人に誘われて、ある女子大OGの女子会に誘われました」(P30)
→『大学の(年上の)友人』でも可能なので、ゆりは大学四年生でも可能。また、留年や浪人していれば年齢はさらに上がります
→『女子(短期)大のOG』という表現でも可能なので、最年少で21歳。上は何歳でも可能
・詠彦語り「歳は(おそらく)二十代後半」(P58)→何歳でも可能。
文章から読み取れる範囲では、「藍前三姉妹は三つ子でも可」です。

その他

タイトル

レッスンのタイトル「スターアニス」「クロスノット」「トリプレッツ」が事件解決の重要なキーであり、ヒントとなっています。(レッスンⅢはトリプレッツは「三つ子」以外にも「三つ揃い」という意味があるようですので、タイトルの意味を吟味していた読者は足跡トリックにも気付けたのかもしれません。私は全く分かりませんでしたが…)
そのことから考えると進級試験のタイトルが「恋と禁忌の…」ということは、結局的にはXとYは甥と叔母の関係である、ということの示唆ではないでしょうか?さらに言うと、「(硯の)苗字が(詠彦の)母親の旧姓と違う」(P455)理由は、シンプルに結婚しているということなのでしょうか。

水分

やたら二人は水分を摂取します。これはやはりあの有名なシリーズの犯人を見つけるためのヒントとなったシーンを意識しているのでしょうか?
また、私が気付かないだけで、その他様々な作品の場面が挿入されているのかもしれません。


面白かったのですが、ノリについていけない部分も多々ありました。
学術書寄りの推理小説といった印象です。
レッスンⅢはとても面白く読むことが出来ましたので、ライトノベル的展開に興味がある方にオススメの一冊です。

また、井上真偽さんのその他の作品の感想もありますので、興味がある方はご覧ください。