聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた あらすじ&感想&問題提起【一部ネタバレあり】

感想
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井上真偽(まぎ)さんが書いた推理小説。 2016年に講談社から書き下ろしで刊行されたそうです。

  • 2017本格ミステリ・ベスト10 第1位
  • 『ミステリが読みたい! 2016年版』(国内編)9位
  • 黄金の本格ミステリー(2017年)

など数々の賞を受賞しているそうで、非常に楽しみに読み始めました。

表紙

※総評(ネタバレ前)以後、ネタバレがあります!!

あらすじ

聖女伝説が伝わる地方で結婚式中に発生した、毒殺事件。
それは、同じ杯を回し飲みした八人のうち三人(+犬)だけが殺害されるという不可解なものだった。
参列した中国人美女のフーリンと才気煥発な少年探偵八ツ星は事件の捜査に乗り出す。
数多の推理と論理的否定の果て、突然、真犯人の名乗りが!?
青髪の探偵・上苙(うえおろ)は、進化した「奇蹟の実在を証明」できるのか?

感想

ミステリとして美しくないです。この本が本格ミステリベスト10 第1位…?

事件の中で様々な出来事や要素が描かれますが、それらは「数多の推理→その反証」という反復作業のためのものでしかないことが非常に残念です。
数多の推理→その反証「その可能性は、すでに考えた」と探偵が決めゼリフを言うことがこのシリーズの味なのでしょうが、「こんな細かな可能性も考慮しているのに、こんな大きな可能性は考慮していないのか?」と残念な気持ちになる部分が多数あります。
探偵が辿り着く(?)最終的な解も疑問点やツッコミどころが満載です。

探偵が活躍するために登場人物が様々な動きをする、言わば、読者を置き去りにした探偵のための小説だな、という感想です。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆
また読みたい度:☆☆☆☆(つっこみ所を見つけられそうなので)
「本格」の看板は外してほしい度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

「本格推理小説」として銘打たれた作品だとすると気になる点がありましたので、つらつらと書いてみました。

八ツ星少年の問題点

犯人が花嫁の砒素を入手した時期の考察の甘さ

「花嫁が俵屋家に来る以前、砒素をどのように扱っていたかについての考察」を行っていません。「事件が起こる前に毒を入手可能」な人を洗い出すためにはこの作業は欠かせないはずです。この作業を行うと身内である花嫁の父親が一番怪しくなりますが、「自宅での毒の管理方法」「砒素の購入時期」等の記述で「俵屋家に来てから砒素の量に変化があった」ことは書けるはずです。

作品の中からも読み取れません。
・キヌアが『砒素』と文字の入ったラベルの小瓶を見た(P53)→見たのは小瓶と文字のみで、中身について言及なし。
・八ツ星少年「『砒素』は最初からこの量でしたか?」花嫁「減ってます」(P65)→減った時期について言及なし。
・八ツ星少年「花嫁は砒素の小瓶をその目で確かめている。花嫁は小瓶の中身が『減っている』と証言しているので、盗まれたなら必ず屋敷到来後」(P111)→65ページにあるとおり減っているとは証言しているが、「『最初から』この量でしたか?」という問いに「減っている」と回答したのみ。「最初」=購入時と花嫁が誤認している可能性もあるため、必ず屋敷到来後とは言えないはずです。

八ツ星少年「俵家に来てから砒素の量を確認したか?」→花嫁「俵家に来た時に確認したら全てあった(この時キヌアに覗かれていた)。それ以後、小瓶の中身の確認していない」という描写を加えれば解決するのではないでしょうか。

事件のポイントの定義づけの甘さ

「どうやって花嫁の砒素を入手するか」を考察する上で、「事件には別の砒素を使い、あとからその砒素と花嫁の砒素をする替える方法を含む」としている八ツ星少年(P66)。

それであれば八ツ星少年が「事件後、すり替えが出来た人物」の考察を行わないことはどう考えても不自然です。

作品の中からも読み取れません。当日のすり替えは家政婦にしか出来ませんが、病院に入院以後の全員の行動がはっきりしないため、誰でもすり替えが出来た状況です(例えば病院を抜け出してこっそり、ということも可能なはずです。座敷棟の仕切り戸の鍵及び花嫁の鞄の鍵は総当たりで開けられます)。

アミカの不振な行動に言及しない

「事件後アミカは酒器を仕舞うのをしばらく忘れていたが、「月の間」にいたときに思い出し、急いで小間に戻り納戸に仕舞った。このとき双葉も洗うのを手伝った。」(P84)

…父・兄が激しく嘔吐、下痢。直前に摂取したものは酒器に入っていた酒のみ。この状況で、酒器を触る人の気が知れないですね…
千歩譲って、「酒器は国宝なので仕舞わないといけない」とアミカが思いついたのかもしれませんが、何故すぐに洗う必要が…?
しかも、16:45に被害者が倒れたわずか五分後の16:50分には酒器を納戸に仕舞う離れ業を行っています(P79)。
これ、「毒を仕込んだ人間が証拠隠滅を行っている」ようにしか見えないのは私だけでしょうか?

「国宝なので、酒の回し飲みが終わったらすぐ(謡と踊りが始まる頃)に納戸に仕舞うよう、リハーサルの時に花婿の父がきつく言っていた。」という描写があればいいのではないでしょうか。

八ツ星少年はまだ少年なので推理に粗さがあることは当然でしょうが、その粗さが全て「いわゆる真犯人」から嫌疑の目を逸らす方向に働いていることが、ご都合主義のように見えて仕方ありません。
ここまで読み進めた時は、八ツ星少年は犯人をかばうためにわざと穴のある推理を展開している!八ツ星少年は犯人サイドの人間だ!と思っていました。

第二部の問題点

第二部は…個人的にですが、問題点がありすぎだと思っています。

ピザ問題

花嫁がアミカに毒入りピザを食べさせ体調不良を起こさせることで、アミカを自宅に早帰りさせ、自分の砒素を盗んだりすり替える機会を与えた疑いが持たれている部分。(P152)

ピザに細工がなかったことについて、上苙が展開する論拠は「当日燃やすゴミが出なかった」→「しかし流しに捨てたピザは消えた」→「ピザを食べたであろうお腹が弱い犬は翌日挙式に参加した」→「犬に問題がないなら、ピザに細工はない」というものでした。

燃やすゴミ問題

家政婦も入れて7人が生活する家庭から、燃やすゴミが出ないことなんてありえるのでしょうか?朝食にコンビニのおにぎりを買ってくる家政婦(P49)がいる家では、一般家庭よりもゴミが多いと思います。
「当日燃やすゴミが出なかった」論拠は、「防犯カメラの映像に、午後門前に止まった車は一台もなかった、つまり、ゴミ収集車が来なかった」というものです。
防犯カメラへの細工は難しいでしょうから、「防犯カメラの映らないところにゴミ捨て場がある」方が納得がいきますし、現実的です。

おそらく作者は、家事をしないor家事が苦手なタイプなのでしょうね。

流しに捨てたピザが消えた問題

これは問題ではなく、「ピザは家政婦が燃やすゴミに出した」で解決です。
そもそも、誰が流しに捨ててあるピザをわざわざ犬に与えるのでしょうか?
特定は不可能ですが、「俵屋家の〇〇は動物好きで~」とか『前日のリハーサル開始前に、俵屋家の誰かが面白がって犬に何かを与えるシーン』でもあれば伏線になると思います。

犬、挙式参加問題

犬は「翌日挙式に参加していた」ことが事実であって、『平然と』参加していたかは不明ですし、『お腹を下していたか』も不明です。つまり、犬が挙式に参加していたことは、犬が毒入りピザを食べなかった論拠にはなりえません。(当日芸をするので、体調が悪い犬を無理やり連れてきた可能性もあります)
これを避けたいなら、25ページの双葉ママのセリフに「でも、ここ最近は腹を下すこともなくて、元気そのものですけどね」とでも付け加えればいいのではないでしょうか?

砒素耐性問題

「アミカさんたちは花嫁の伯母も殺すつもりだった」→「しかし、彼女らは伯母の着物を高価な着物に着替えさせた」→「アミカさんは吝嗇な性格。殺すつもりなら、着物がダメになると分かっていてわざわざ伯母に高価な着物を着せた事実に説明がつかない!」→「つまり、アミカさんたちは酒に毒を入れていない!!」(P184)

これが、合理的矛盾、と言っている探偵&少年探偵にうすら寒さすら感じます…

いや、本当に吝嗇な性格なら、高い着物を用意してレンタル料は伯母に請求するから関係ないですし。
もしくは、そう指摘されると見越してあえて高価な着物を着せた可能性もあります。

そもそも、伯母「俵家のお嬢さんたちに言われた美容室に行ったら、こっちの着物が用意されていて」(P40)とあるのみで、俵家のお嬢さんたちは美容室の指定をしただけで、着物を用意した人物は別にいる可能性がある描写になっています。

「吝嗇な性格」の描写も非常に曖昧です。「倫理観がない」描写ならばあるのですが。
父親や兄が死んだ直後に遺産の話でもめる描写を加えて「お金にいじきたない性格だから」とする方が真実味を持たせられることが出来ると思います。

こういった「〇〇な性格なのに〇〇のように行動しないのはおかしい」論は、ちょっとした違和感を読者に感じさせるために用いるものであって、定理に使用するのは無理があります。全員が合理的に行動する訳ではないですし、そもそも個々人による合理的行動は違います。個々人の合理的行動が作中に描写されていない以上、合理的矛盾など存在しえません。

金屏風問題

グレア現象

金屏風における描写は他にも「金屏風はハレーションを起こしほぼ白トビである。」(P83)とあります。

これは常識的に考えられないです。昨日のリハーサルのとき、俵屋家の二人の妹が「女優みたいにライトを強く当てて」とスタッフに注文していた。正造氏も「光は多く露出オーバー気味に」と撮り方に細かく口出ししていた(P41)と描写があります。

しかし、いくら俵屋が地元の有力者で、撮影が地元のテレビ局であったとはいえ、さすがに無理があると思います。結婚式の中継で、金屏風が白トビ起こしている映像を映したら、そのテレビ屋は末代までの恥でしょうね。作者はテレビ家の我の強さを低く見積もりすぎだと思います。

この白トビにより、毒を上から垂らした論が展開されていますが、こういったトリックが先にあり、後から現実を無理矢理当て嵌めた描写は、個人的にはかなり興醒めします。
こういった描写がある時に思い出すのは、「覚えた芸を見せたくてしかたねー犬っころの動き」です。(ワールドトリガー第40話に出てくる陽介さんのセリフ)

足袋が濡れていたことから明かされた問題

P212~、「花嫁は事件後、足袋が酒臭くうっすらピンクに濡れていたことに気付いた」→「家にあったゴムサンダルが原因。ゴムサンダルを濡らしたのは家政婦」→「家政婦は『カズミ様』の祠の水鉢でアルコールを踏んだ」→「踏んだ原因は、毒を仕掛け損なったため。回し飲み中は屋敷には不在」→「よって家政婦は何も事件に関与していない!」→めでたしめだし…??

ゴムサンダルが濡れていた問題

ゴムサンダルが全面アルコールに浸ったとしても、その後15分程度動き、かつ季節は真夏、となればゴムサンダルは乾くのではないでしょうか?(これは夏に実験してみたいと思います)

カズミ様水鉢問題

上苙「水鉢にはカズミ様の好物の酒がよく注がれるという」(P214)
誰がいつそんなことを言いいました?地域の観光案内パンフレット(P27)には書いていないですし…。強いて言えば《断想》(P22)に「『私』が水鉢に日本酒を注ぐ」シーンがありますが、地の文でないのでいくらでも偽証可能です。

むしろ、「カズミ様の祠を参拝する人たちは皆、なるべく訪問の証拠を残さないようにしているのだ」(P22)と書かれています。その場合、「好物の酒がよく注がれる」とは矛盾するのでは?上苙はどこからこんな怪しい情報を仕入れたのでしょうか?

家政婦外出問題

犯行に失敗した家政婦は、高跳びしようと「ゴムサンダルを履いて」屋敷を逃げ出し、「水鉢を踏むほど最短距離を走る」が「ワンセグを見る余裕はある」。その後、花婿の父達が嘔吐したシーンを見て「とにかくこれでごまかせるのでは」と考え、慌てて来た道を引き返す。

ゴムサンダルを履いて逃げたことは、「慌てていた」からで説明がつくかもしれませんが、「逃げながらワンセグを見る」や「ごまかせると思う」等は納得のいく行動や考え方と全く思えません。

そもそも…

防犯カメラに家政婦が映っているか否かで家政婦の外出の有無は分かります。
P73,74ページ「門の防犯カメラの録画」「防犯カメラに死角はない」「人の出入りは、毎日パパがチェックしている」という記述がありますので。
ここから「正門にカメラはあるが勝手口はカメラの死角」「当日がパパが忙しかったから人の出入りがチェックできなかった」という言い訳はさすがに無理があるでしょう。万が一門以外の出入り口がある場合、外部犯についても論じる必要性が出てきます。

上苙さんは理論の構築に夢中になり過ぎて、物証を軽視し過ぎだと思います。

家政婦毒仕込み失敗問題

フーリンが家政婦に依頼したことは2つ。
①式までに酒器の中に砒素入り毒水を入れ、仕掛け施す。
②毒殺後、酒器の中から仕掛けを取り出し、花嫁の砒素入り瓶とすり替える。

上苙の推理によると「前日の段階で予定していた仕掛けに失敗してしまう」「翌日も失敗」(P233)とあります。失敗した後高飛びするほどの恐怖があるのであれば、何故前日にしっかりと仕掛けをしないのでしょうか?
この点についても、描写はありません。上苙は「正造氏のちょっかいなど」を理由に挙げていますが…

※ちなみに後の記述で出てきますが、屋敷に潜んでいた屋敷の内部構造をよく知らない花嫁の父親は、盃に砒素を仕込むことに成功しています。(P254)

上苙は、また、「『家政婦が仕掛けの仕込みに失敗した』というところまでは、事実から積み上げた論拠」(P234)と言っていますが、事実は「事件後、花嫁の足袋が酒臭くうっすらピンクに濡れていた」「家にあったゴムサンダルが原因(と思われる)」だけであり、後は推論です。家政婦の出入りのチェックはビデオを見ればすぐ分かりますしカズミ様の水鉢にアルコールがあったのかも調べればすぐに分かります。

奇蹟の証明の問題

そもそも、「犯人が花嫁の砒素を使った意図は、『誰かに濡れ衣を着せて』自身の犯行を隠蔽することにある」(P238)とあり、このことを元に組み立てが行われますが、そもそもこの前提が推論です。前提が推論であるならば、そこから導き出されるのは、結論ではなく推論です。
よくこれで上苙は奇蹟の証明と言い、かつ、シェンは納得しましたね…
こんなあやふやな理論、若しくは言いがかりの積み重ねを結論だと言い切った時点で、私の中では上苙は「探偵」ではなくなりました。

※ちなみに後の記述で出てきますが、上苙が最終的に採用した犯人が花嫁の砒素を使った意図は、「蔵の砒素が盗めなかったから」(P256)です。
「花嫁の砒素が使用された」ことに「誰かに濡れ衣を着せる」以外の理由(「何となく花嫁がムカついたから」「何も考えず」等)を採用していいのであれば、「誰かに罪を着せるという意図に反する」的論理、「濡れ衣を着せる相手は〇〇しかいないが~」的論理が全て採用出来なくなります。

各種問題の合理的結論

これらの問題に合理的な結論を導き出すならば、以下のようなパターンが考えられます。

『家政婦はフーリンの命令により毒の仕込みに成功。
仕掛けの回収はアミカor双葉。若しくは「洗って納戸に仕舞った」という発言が2人の偽証。(仕掛けの回収や偽証程度であればお金を渡せば依頼出来る。)事件後、家政婦は悠々と花嫁が持っている砒素と自分が持っている砒素とをすり替えた。』

ちなみに家政婦は事件当日外に飛び出ていない。(家政婦は、家に出入りすればカメラに映ることを知っていたため)
家政婦は「スリッパに酒をかけ、ピンク色の花びらを仕込むこと」を行った。
目的は、考察や定義付けが甘い八ツ星少年か、物証を無視して理論の構築を行う上苙に「家政婦屋外ダッシュ」を推理させ、自分に嫌疑がかかることを避けるため。つまり命令の主体はフーリン。
フーリンは「奇蹟」に濡れ衣を着せて自身の犯行を隠蔽しようとしたと言えます。

ちなみに連絡がとれなくなっていることから、家政婦はフーリンが始末済みでしょう。

さらにこれよりも合理的な結論を導き出すならば、『酒器を触ったアミカが砒素を仕込み父と兄を殺害。花嫁父は自殺(砒素は花嫁が実家にいる時に盗んでいた)。』というパターンもありえます。動機は色々とあるでしょうし。
この結論であれば、家政婦もこの後出てくる花嫁父も、アクロバットな動きをする必要もありませんし、事件後酒器を洗うという不自然な行動にも説明がつきます。
怪しい人が犯人、というとても合理的な結論だと思います。

その他の問題点

・シェンは何故、寵姫:ムギの死因の特定を警察にさせないのでしょうか。警察への影響力がありながら、花嫁が持っていた砒素と同一の物で犬が死亡したのか程度の確認はしないことは不自然です。詰めが甘い希代の悪女、なんてものは存在しないと思います。

・シェン&エリオは花嫁の伯母さんを拉致しておきながら、何故家政婦を拉致しないのでしょうか。家政婦は酒器に触ることが出来た人物ですから、拉致の重要度は高いと思われます。その点に対しエリオは「容疑者の取り零しを…」と言い訳しています。
大丈夫か、エリオ…。

第三部の問題点

第3部は特にひどいです。
上苙が最終的に導き出した結論がとっても穴だらけです。
もちろん上苙も「全部、僕の憶測でしかないが」(P257)と言っていますが、奇蹟の反証にこのとんでも論を導き出し採用しているということが問題です。
探偵がとんでも論を結論として採用する=「探偵の地位の失墜」です。これは、探偵を褒め称えている他の人物にも波及しますので、今作の俵屋家側以外の登場人物の地位も底に落ちました。

毒杯説の問題点

花嫁父が「毒杯説」を採用したとして、龍が書かれた該当の盃が当日使われること花嫁父はいつ知ったのでしょうか?
描写の中では「前日のリハーサル」でしか知りえないはずです。『俵屋家の挙式では毎回この盃が使用されており…』とでも書けばいいのでは?

心理面による問題

酒器に毒を仕込む場合、万が一ですが花嫁が毒を飲む可能性もあります(花婿が酒器の角度を変えて花嫁に渡す等)。自分が仕掛けた毒で自分の娘が死ぬ可能性がある場合、人の親として心情的に『毒杯説』は使えないです。
おそらく作者には子供がいないのでしょうね。

花嫁父等の前日・当日の動きの問題

前日の花嫁父

「リハーサル終了後、花嫁父は屋敷から出ず、夾竹桃の陰に隠れるなどしてそのまま敷地内に留まる」(P255)
なんて不確実なトリック…!
花嫁父がこの案を採用したことが問題でなく、探偵がとんでも論を唱えていることが問題です。
「夾竹桃が生い茂る様子」等の描写があれば多少は理解できるのですが。
こんなあやふやな案よりは「俵屋家内に共犯者がいる」可能性の方が高いと思います(若しくは花嫁が共犯者)。

そして午後。「花嫁が外出して人が誰もいなくなった時間帯に、花嫁父は花嫁の居室に忍び込み」(P254)とあります。
花嫁パパは俵屋家内に誰もいなくなったとどうやって把握したのでしょうか?

当日の花嫁父

「上の妹が大座敷の小間に酒器を運んだ頃を見計らって、中庭の窓から小間に忍び込んで盃に砒素を仕込む。」(P254)とあります。
だから、どうやって適切な頃合いを把握したのでしょう…?共犯者がいるとしか考えられないです。

前日の花嫁伯母

「伯母が花嫁父の服を着て、さらに上半身や車椅子の一部を日傘で隠せば、後ろからは花嫁父が伯母の車椅子を押しているように見える」(P254)
いやいやいやいや…これ、作者は実際にやってみたんですかね?さすがに無理がありすぎます。
後、この時間帯、俵屋家の皆さま・家政婦・双葉・犬もいます。すぐに昼食だったので、俵屋家の皆さまが離れに戻っていたとも考えにくいです。正面から見たら一瞬でバレるトリックを何故探偵は唱えているのでしょう?結果的にバレなかったからセーフ、ということですか?

Yの問題

俵屋家到着前のY問題

Yは当日、「花嫁の前で土下座」「花嫁道中では、紋付の袖で頭を隠す」といった動作を行っています。
つまり、後頭部は見られています。髪型・髪質がそっくりな人を見つけることはなかなか難しいと思います。

さらに言うと「紋付の袖で頭を隠す」を実際にやってみると分かりますが、かなり息苦しいです。
そんな状況で、「夏日の炎天下、車で十分ほどの距離をのろのろと三時間近くかけて進んだ」(P33)とあります。
Yの底なしの体力に拍手を送りたいです!

後、作者は田舎ネットワークを舐めすぎですね。描写程度の田舎であれば、花嫁父を知っている花嫁父の知り合いが相当数花嫁道中を見に来ていたでしょう。実際、「近隣住民」は見に来ています(P31)。
紋付の袖で顔を隠すこと程度の工作で、田舎のローカルネットワークをかいくぐることは不可能です。
体系、背の高さ、歩き方、後頭部の様子など、顔以外の情報からたちどころに身代わりトリックは露見します。

おそらく作者は都会で生まれ都会で育ったのでしょうね。

俵屋家脱出時のY問題

「Yは事件後の混乱に乗じて脱出した」(P254)とありますが、屋敷には防犯カメラがあるのでは
事件後、救急車が玄関口近くまで車を乗り入れていれば防犯カメラからは逃げられますが、「さながら大名の武家屋敷といった趣。有形文化財めいた古さと風格が漂う」(P19)と屋敷の描写がありますので、門も車が入れないタイプだと思います。屋敷見取り図(P76,77)にも屋敷内に駐車場は見受けられません。

花嫁父は素人だったのでそのような可能性を考慮しなかった、ということは十分言えるでしょう。何度も言いますが、奇蹟の反証にこのとんでも論を導き出し採用しているということが問題です。

「あの探偵は奇蹟が絡むと若干視野狭窄に陥る」(P166)とありますが、若干ではないと思います。

第三部の結論

第三部の上苙の推理は全て外れているのでしょう。
伯母は上苙の発言に的外れな返事をしています(P254)し、「弟も、だいたい同じことを言っていたように思いました」(P255)としか言っていません。

第三部の伯母の登場は、自分の思い通りに動いてくれ、かつ、あんな穴だらけの奇蹟の証明でカヴァリエーレ枢機卿に戦いを挑もうとしていた上苙を哀れに思ったフーリンからのプレゼントでしょう。そうでなければ伯母の登場のタイミングが良すぎます。

「フーリンはつい反射的に、時子の方を見た。伯母はこちらの視線に気付くと、つと目を逸らす」(P255)という描写も、「余計なことを言うなよ!」というフーリンの圧の表れです。



本作一番の問題点

花嫁が持っていた砒素が事件に使用されたのか?ということは本作の再重要事項です。八ツ星少年の推理も「どうやって花嫁の砒素を入手するか」を起点とし、探偵:上苙の奇蹟の証明も「犯人が厳重管理の花嫁の砒素をわざわざ盗んで使用したこと」を起点としているほどです。
そもそもこの部分がはっきりしないと、「皆同時にたまたま発作で亡くなった」可能性もあります。

この点についての言及はP132《断想》部分に登場。「犯行に私の小瓶の砒素が使われ、被害者三人がその砒素で死亡したことは確からしい。」

いわゆる地の文ではない部分で最重要事項の説明がされるのは、フェア/アンフェア論に辿り着く以前の問題ではないでしょうか。これは「私」の回想であり、嘘・時間軸が違う・世界が違うなど、読者を騙したい放題の部分であるからです。
しかも「らしい」という「私」に対しても伝聞でしかない情報です。信憑性がありません。例えば、シェン「花嫁が持っていた砒素で被害者三人が死亡したことを警察内部の人間に吐かせた」とか、色々と書きようはあると思います。

個人的に不満な点

結局、動機に関する考察がほとんどなされていません。
例えば死亡時点で花婿と花嫁が籍を入れていた場合、花婿の財産を花嫁は相続します。
この結婚自体財産問題が絡んでいるので、そのことを動機の一部として考察する必要性はあるのではないでしょうか。

「吝嗇な性格」を「伯母も殺すつもりだった」ことへの反証としてかかげている以上、吝嗇な性格の人間の行動として俵屋家の今後の財産話は避けては通れないはずです。もちろん、アミカ達に遺産分配の知識がないことも考えられますが。
ぜひ、アミカ「俵屋家の財産の名義はほとんどがパパにあるの!広翔が死んで嬉しいでしょうけど、アンタ(花嫁)に渡すお金はないの!!」ぐらいは言って欲しいです。



最大の謎

第九章、殺人事件の関係者が拉致されて登場するシーン。

「大きな鉄の檻が姿を現す。(中略)中には人が入っており、全員体を鉄鎖で巻かれ、目隠しと猿轡をされている。」(P141)
※「全員体を鉄鎖で巻かれ、『数人』目隠しと猿轡をされている。」可能性もありますが、敢えて顔を見られるリスクを冒すとも考えられないので、「全員」目隠しをされていると考えます。

しかし、
「それにしても、あの頭の青い人は何だったのだろう。」(P263)
「唐突に思い出す。何だか船の中では、楽しそうに落書きしたけれど。」(P264)

何故眼が見えている?
船の中で目隠しを外されていたのは、拷問を受けるために目隠しを外された双葉のみ

①目隠しが外れていた
→荒事の専門家が施した目隠しが簡単に外れるとは到底思えない。ゆえに矛盾

①263ページ~《断想》に登場する「私」が双葉
→「私」は『離婚歴がついた』『「月の間」で父親から「すまん」という声を聞いている』『俵屋家からの遺産の取り分を受け取っている』という表現から「私」は花婿と婚姻関係にあった花嫁=瀬那である。ゆえに矛盾
※双葉の父親=花嫁の父親の可能性もありますが、その場合「離婚歴」「俵屋からの遺産の取り分」という表現と矛盾します。(双葉は中学生であり、離婚歴はつかない)

これこそまさに奇蹟では?
上苙に奇蹟が起こっていたことを教えてあげたいですね。

総評(ネタバレ後)

探偵が可能性を論じるのはいいのですが、ちょっと調べれば分かる物証を無視して論じるのはさすがにご都合主義が極まっている感じがします。
そういった意味で本作の中に「探偵」は登場しなかったように思います。

推理小説界に明日はあるのでしょうか?憂思黙考…



井上真偽さんが書いた「その可能性はすでに考えた」シリーズの第一作目の感想もありますので、気になる方はご覧ください。
この記事と同じく、感想→ネタバレ感想となっています。