文句なしの名作!これぞ本格推理小説!! 時計館の殺人 感想と考察【ネタバレあり】

感想
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1991年9月に講談社ノベルスから発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第五作!!
この作品は第45回日本推理作家協会賞を受賞しています!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

多くの死者の想いこもり、少女の亡霊が徘徊するという時計館。訪れた九人の男女を待ち受けるのは無差別殺人!?悪夢の三日間の後、生き残る者は果たしているのか。
―――最終章80頁にわたって次々に解明されるめくるめく真相。これほど悽愴絢爛たるクライマックスを持つ本格ミステリが、かつてあっただろうか!?

※このあらすじは講談社ノベルスの背表紙から引用しています。

「悽愴絢爛」という単語が気になります。
悽愴(せいそう)…悲しみいたむこと。また、非常にいたましいさま。
絢爛(けんらん)…華やかで美しいさま。きらびやかなさま。
という意味合いですので、「悽愴絢爛」「非常にいたましくきらびやか」ということになります。

いつもは、講談社ノベルスの背表紙のあらすじに納得いかないのですが、本作の「悽愴絢爛たるクライマックス」という言葉は物語を読み終えると非常に納得してしまいます。

感想

文句なしの名作です!

少女の亡霊、館に集められた超常現象研究会の大学生たち、霊能者による交霊会、そして遅れて登場する館シリーズ名探偵…
まさに、舞台は整った!という設定がこれでもかと盛り込まれています。
物語は、事件が起こる閉ざされた《旧館》の中の出来事と、名探偵が活躍する旧館の外の出来事が交互に登場するので、館シリーズ第一作目:十角館を思い起こします。

《旧館》の中では次々に事件が起こります。その中で、被害者たちの様々なモノローグや殺される寸前の被害者しか知りえない描写など、様々なヒントが次々に提示されます。
また、館の外による名探偵の活躍により、過去に起こった館の関係者達の不自然な死や《旧館》の外にいる人達の心情など様々なことが炙りだされます。
《旧館》の中と外、事件に関して全て把握している「神の目線」を持っている私でしたが…謎が解けません!!

事件に関するフーダニット、ハウダニット、ホワイダニット、どの視点からも謎を解く手掛かりは明示されています。
私はフーダニットについて、紙とペンを使ってものすごく考えましたが、どう考えても理解不能な謎が横たわっており、謎を打ち崩すことが出来ませんでした…。
(本作最大の謎はフーダニットとハウダニットの合わせ技「誰が、どのようにして」だと思います)

普通に読むだけでも面白いのですが、「謎を解こう!」と思って読むと、本作の緻密な構成に驚かされること間違いなしです。
第十六章の始まり(P385)から謎解きパートですので、本作を未読の方は、第十五章までに提示される全てのヒントを手掛かりに、頑張って作者が仕掛けた謎に挑戦することをオススメします。

講談社ノベルスのサイズで全469頁ある大作ですが、全ての謎が解けた後にもう一度読み直したくなる一冊です。

総評

読んでよかった度:☆☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆☆
映像化しても面白そう度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

考察という名の称賛

見事に騙されたので、あまり考察することがありません。
本作の素晴らしさを褒め称えることで考察に変えたいと思います。

フーダニット

犯人を推定することは簡単です。登場人物のほとんどがいなくなる上、推理小説的必然性からあまり登場機会がない人物たちは犯人候補から外されます。(オーストラリアにいる由季弥の後見人や使用人など)
そうなると、残された候補は時計館の現在の管理責任者:紗世子だけになります。

紗世子が犯人だとすると、様々な仕掛けに納得がいきます。
《旧館》の中にあるポリタンクに睡眠薬を仕込めたこと、紗世子の補聴器は盗聴器であるだろうこと、由季弥の行動を自由に操れるだろうこと…

しかし、そこまでです。
どうしても《旧館》の中と外の時間の整合性が取れません。
「時間軸が違う」可能性は考えましたが、「《旧館》に一緒に行くはずだった福西」「江南が持っている懐中時計の時刻」「江南救出のタイミング」などからその可能性は却下してしまいました…
紗世子が犯人でないなら、やはり由季弥しかいないのか!いや、江南の自作自演か!?などと考えさせられました…



それとは別に、《旧館》の中のフーダニットもよく練られていると思います。

事件は「光明寺美琴の失踪」から始まります。
その後、犯行現場に光明寺の香水を残すことで、《旧館》の中の登場人物に心理的な共通の敵を作り上げることに成功しています。

さらに、《旧館》内部の一番の”大人”である小早川副編集長が光明寺と不倫関係にあるので、光明寺犯行説に強く傾かない、という点も物語の構成として面白いと思います。
《旧館》内部の登場人物が「光明寺犯行説」を信じ切ってしまうと、「光明寺を探せ!」の号令の下大掛かりな家探しが行われてしまい、行き着く先は隠し通路や盗聴器の発見です。

ハウダニット

まさか、「時間が1.2倍速く動く」ということが起こりえるとは…!!
これこそ、悽愴絢爛たるトリック!!

このトリックは一介の使用人に実現できるものではありませんが、古峨精計社の前会長の財力及びその執念が作り上げたという事実が、物語に現実味を持たせています。

時間トリックに関して「江南が持っている懐中時計」は、まんまとしてやられた…!
「いくら建物内の時計が壊されても、江南の懐中時計で時刻が分かる!」と思っていた自分が恥ずかしい…

また、江南が作った事件の時刻が書かれているメモ(P269-P272)も物語の演出としてうまいと思います。
敢えて丁寧に時刻をまとめて書いていることにより、紗世子の鉄壁のアリバイを際立たせています。

気付いても良かったと思うのは《旧館》のドアを開けようとした時の音、でしょうか。
ゴーン…という、何やらドラを打ち鳴らしたような音(P136)
・扉の方は、ゴンと派手な音を響かせただけである(P171)
ここから、この「この音は同じ音なのだ!」と気付いていれば…!!
P136の時点ではまだ何の事件も起こっていなかったので、油断していましたね…。

通常は、「犯行現場にある壊れた時計」から犯行時刻が判明し、トリックが見破られるものですが、敢えて「犯行現場に壊れた時計を残し犯行時刻を特定させる」ことに意味を持たせるというのは、これまでのミステリの演出を逆手に取った素晴らしいものだと思います。

ホワイダニット

紗世子が犯人だろうと考えた時、犯行の動機は「古峨倫典に対する忠誠心」などと短絡的に考えていたのですが、まさか、動機そのものすら操られていたとは…
確かに忠誠心だけが動機だとすると、由季弥を殺害する必要性はありません…。もう少し書かれている事実から真実を見つけるべきでした…

「十年前の夏、あれは七月二十九日(中略)森の中で、穴に落ちて」(P186)
七月の最後の日曜日に(中略)永遠に出会った」(P277)
「急に彼女が苦しそうにし始めたので、僕らは慌てて彼女を森から連れ出してこの家まで送ってきた」(P278)
「一九七九年の七月と八月のカレンダーが手帳の一ページに完成した。紗世子の話では、永遠が問題の落とし穴に落ちたのは、七月二十九日の午後。(中略)落とし穴を掘ったのは、四人が永遠と出会った前の日だったはずだが」(P361)

ここまで分かりやすいヒントが示されていながら「動機が偽装されている」ことに気付けないとは…!
1979年7月のカレンダーをしっかり調べていれば…!

動機に納得がいかない推理小説が多い中、本作は完璧だと思います。
復讐と自己保身。
これ以上の犯行の動機があるでしょうか!?

最後に

江南は、時計館は中村青司が設計していると知っているので、「隠し通路」に関してもう少し早く思い至っても良かったと思いますが…
薬を盛られていたので仕方ないですね!

トリックの根幹である「《旧館》内部の時間は通常の1.2倍で進む」という点に関してです。
五時間が六時間になっていてもなかなか気づきにくいものですが、「一秒」という単位は人間の身体に刻み込まれていまので、勘のいい人間ならば「時計が早く進んでいる」ことに気付いたと思います。

しかしながら、これはアリバイトリックを成立させるものであるため、《旧館》の中の人間のみにバレたとしても何の問題もないところが素晴らしいと思います。(万が一時計が早く動くことがバレていたら、江南も殺されていたと思いますが…)

名探偵がいなくても、「事件後、警察がよく調べたら絶対にバレるだろ…」と思う推理小説もある中で、本作は島田潔さえいなければ被疑者死亡で事件が終わっていた、まさに完全犯罪を成しえた連続殺人だったと思います。


綾辻行人さんのどの作品も面白いです!
第一作:十角館の殺人の感想はこちら、その他作品の感想はこちらです。興味がある方はご覧ください。