読者へのの挑戦状有り! 殺人方程式 -切断された死体の問題- 感想と考察【ネタバレあり】

感想
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1989年5月にカッパ・ノベルス講談社から発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さんの作品です。
綾辻行人さんと言えば「館シリーズ」。本作は、館シリーズの第4作目・人形館の殺人の発行の直後に世に出た作品です。
(講談社文庫版あとがき(P403)によると、第3作目・迷路館の殺人を脱稿した1988年の夏から冬にかけての数ヶ月間に執筆したと書いてあります。数ヶ月でこのようなものすごい作品が書けるのですね…)

綾辻行人さんについて語ると、その業績が凄すぎるのでここでまとめません。というよりはまとめることが出来ません。いつかはしっかりとまとめてみたいと思います…!

※総評(ネタバレ前)以後、ネタバレがあります!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社文庫」のページ数です。

あらすじ

新興宗教団体の教主が殺された。
儀式のために籠もっていた神殿から姿を消し、頭部と左腕を切断された死体となって発見されたのだ。
厳重な監視の目をかいくぐり、いかにして不可能犯罪は行われたのか。
二ヶ月前、前教主が遂げた奇怪な死との関連は?真っ向勝負で読者に挑戦する、本格ミステリの会心作!

感想

講談社文庫版あとがき(P404)に「本文三〇四ページ五行目までの段階で、事件の真相を看破するのに必要な手掛かりは全て出揃います。いったんそこで本を閉じて、『犯人は誰か』という問題に挑んでみていただければ、と思います」とあります。
かの有名な「読者への挑戦状」です。
(綾辻行人さんとすると三〇四ページまででいいのでしょうが、私は「Ⅴ」の最後である三百三十六ページまで読み進めないと全く分かりませんでした…)

「〇〇が犯人に違いない!!」と思って最初から何度も何度も読み返すとだんだんと怪しい人物が浮かび上がってきます。
その上で解決編を読むと「そうだったのか、騙された…!」「よしっ!犯人だけは当たってた」などの感想を持つことができ、作品を二重にも三重にも楽しむことが出来ます。本作は絶対に解けない作品ではなくヒントは随所に散りばめられていると思います。(綾辻行人さんは様々な罠も随所に散りばめていますが…)
解決編を読む前に、問題編を何度も何度も読み返し自分の推理を固めてから解決編を読む価値のある作品だと思います。

ちなみに、解説(P408)を乾くるみさんが書いていますが、「以降の技術的な解説では、事件の真相に言及しています。本編を未読の方は以降を読まないでください。(P411)」としっかりと黒太字で記載されています。
ですので安心して巻末から読むことも出来ます。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆☆☆☆(細部に至るまで仕掛けがあります)
また読みたい度:☆☆☆(記憶が薄れた頃にまた読みたいです)
推理小説としても小説としても面白い度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

総評(ネタバレ後)

レジデンスK201号に住む岸森さんが「今回の事件と全く関係ない事件で強請られている」可能性を考えていたため、三〇四ページまででは犯人の特定が出来ませんでした。(今思えば、綾辻行人さんがそんな小説を書くとは思えないのですが…)

そして岬映美さん(教祖の息子の彼女)が怪しすぎて、当初は「分かった!間違いなくこの女が犯人だ!」と綾辻行人さんの手のひらの上で踊っていました。
しかし、岬さんの怪しさは「読者にのみ聞こえる心の声」によるもので、物証等からすると真犯人には成り得ないのですが、一度そう思ってしまうと意識を外に向けるのがとても難しかったです。

さて、事件の最大問題「犯人はいかにして、貴伝名剛三の死体をレジデンスKに運び込んだのか。」に対する回答は、多少無理のありそうな機械トリックでした。
それに対する作者の説明、「この状況下で、この条件下で、こういった計画を思いついてしまったことーーその交差自体が一つの運命だった」(P14)が個人的にとてもお気に入りです。
これにより、「現実的ではない」とか「もっと〇〇した方が簡単だったのに」とかの意見を封じ込めているからです。
小説という閉じられた世界の中で、作者が謎を提示し、作中に散りばめられた謎を拾い集めて読者が「作者が提示した謎の答え」を見つける、ということこそが推理小説の楽しみ方だと思っています。

綾辻行人さんは実に様々なところにヒントや罠をしかけています。

例えば、新聞記事内で「十三日午後、妻(光子)の不在を心配した夫の剛三からの通報で身元が分かった」(P11)と書かれ
愛人の独白で「飛び込み自殺があったことは、十二日の午後にテレビのニュースで知った。(中略)そして翌十三日の昼前、店にかかってきた剛三からの電話で初めて、その女性が光子であったことを知らされた」(P20)とあります。
剛三が光子の件と無関係であるのならば、十三日の昼前に愛人に光子の事を知らせることが出来ないはずなので、プロローグⅠの男は剛三なのだな、ということが読者に提示されます。

また、「明日香井叶(刑事)のノート」(P66-67)にも仕掛けがあります。
「刑事が書いた事件のノート」と聞くと中立性がありそうなアイテムですが、このノートの中に真犯人の名前の記載がありません。これは綾辻行人さんが読者の目を意図的に真犯人から遠ざけている描写でしょう。

現場の駐車場で「尾関はためらいなく、車をそちら(専用ガレージ)へ向かわせた」(P76)という描写もよく考えればおかしな点です。下見を行っていたからこそためらうことがなかった、ということでしょう。

その他にも様々な仕掛けがあります。
個人的には、尾関が刑事になった理由(P105)とスナックのママとの何気ない会話(P267)とが点と点とで結び付き、事件解決のヒントとなっているところに驚きました。
ちなみにスナックのママは「貴伝名家にはもう近い親族がいないから、次の教主の第一候補は…」という発言をしています(P269)。このことは教団の「会則」によって定められたものです。スナックのママは教団の内部事情に詳しい!これはヒントだ!と思っていましたが、特に何かと結び付くことはなかったですね…

その他、登場人物の体重・身長なども犯人を特定する上で重要な手掛かりなのですが、その重要な手掛かりを何気ない描写の中で提示しているので、うっかりすると読み落としてしまいます。

教祖はお籠もり中なので不在はバレない。滑車という物証は残りますが、刑事という立場を利用し切った首を利用し自分が第一発見者になり滑車を回収することが出来る。(ついでに教祖の息子にも罪をきせることができる)
まさしく「この状況下で、この条件下で」は最適な方法だったと思います。

最後のシーンでプロローグとエピローグが綺麗に結びつきます。
まさしく、最後の一行まで楽しませてそして驚かされる名作でした。