迷路館の殺人 感想と素人探偵の謎への迫り方ともう一つの真相【ネタバレあり】

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1988年9月に講談社ノベルスから発行された、綾辻行人さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第三作!!
(第一作:十角館の殺人の感想はこちら、第二作:水車館の殺人の感想はこちらです)

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

複雑な迷路をその懐に抱く地下の館「迷路館」。集まった四人の推理作家たちが、この館を舞台に小説を書き始めた時、惨劇の幕は切って落とされた!密室と化した館の中で起こる連続殺人。真犯人は誰か?
随所にちりばめられた伏線。破天荒な逆転につぐ逆転。作中作『迷路館の殺人』が畏怖すべき真相を晒した後、更に綾辻行人が仕掛けた途方もない二つの罠!

※このあらすじは講談社ノベルスの背表紙から引用しています。
館シリーズ第二作:水車館の殺人の時も書きましたが、まとめ方が雑です…
決定的な問題点とすれば「逆転につぐ逆転」「二つの罠」という表現でしょうか。
読者側に「逆転につぐ逆転がある」「二つの罠がある」とはっきり明示することはさすがにマズいと思います…

ちなみに綾辻行人さんも水車館の煽り文句を受けてか、本作P8に「はて、作者自身は、多分担当の編集者が作るのであろうこの種の大袈裟な「内容紹介」のことを、一体どういう気分で受け止めているものだろうか?…」と皮肉めいた文章を書いています。
(若しくは「内容紹介の文章は、私は一切関知していません!」という強い意思表示でしょうか)

感想

とても面白いです!!!

本作最大の目玉は何といっても「作中作」であり、かつ「作中作を扱った作品であると読者に明示している」点です!
目次を見ると「プロローグ」「『迷路館の殺人』鹿谷門実」「エピローグ」という構成になっていますが、読み進めると鹿谷門実が書く『迷路館の殺人』の「プロローグ」「第一章~第十一章」「エピローグ」「あとがき」があるという摩訶不思議な構成になっており、読者は序盤から謎の渦に突き落とされます。
(ちなみに、鹿谷門実が書く『迷路館の殺人』の中にも作中作が出てきますので、言わば「作中作中作」とでも呼ぶべきものがある作品です)

綾辻行人さんが書くエピローグを読み終わり、最初からまた読み直すと、作中作の中の全てにおいて罠があることが分かります。
謎の全てを読み解こうとする方は、気合を入れて読むことをお勧めします。

しかしながら、個人的に納得がいかない部分があることも確か。
(真相を見抜けなかった悔しさ故かもしれませんが…)
全てを見抜くことが出来た方に、どのような手法で真相に迫ることが出来たのか、ぜひとも聞いてみたいです!

総評

読んでよかった度:☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆☆
最近の読者は「フロッピー」「ワープロ」が分かるのか?度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

素人探偵の謎への迫り方

あとがきに「試しに、挑んでみて下さい」とある以上、挑まないわけにはいきません!
以下は、私が迷路館とどのように闘ったのか、その闘いの記録です。

第9章P226に、この作品の中の謎の要点が分かりやすくまとめてあります。

①「首切りの論理」とは結局なんなのか
②林のワープロに残された文字の意味はなんなのか
③秘密の通路の扉はどこにあるのか
④舟丘の手記の「車」とはなんなのか

まず分かったのが②「林のワープロに残された文字の意味はなんなのか」

「wwh」がダイイングメッセージ
→これはおそらくP85に分かりやすいヒントとして出ていた「親指シフト」を使うのだろう
→「wwh」だから、「ささき」「ななみ」のような「前半2文字が同じ文字&後半1文字」の単語だろう
→登場人物一覧を見るがそんな名前はない…
→名前じゃない!他の言葉を考えねば…
→(親指シフトについてgoogleでカンニング)
→「かかみ」と打って「かがみ」と言いたかったに違いない!!!

…というわけで、②は分かりました!
と言いたいところでしたが、「wwh=かがみ」だということが分かっただけで、そこからどのように繋がるかについては理解が出来ませんでしたね…



③「秘密の通路の扉はどこにあるのか」については…早々に諦めました。
「アリアドネの糸玉」に関係あるんだろうな、と思っていましたがそれ以上は全く分かりません!
十角館・水車館の「秘密の通路」に関しても全く見抜くことが出来なかった私には高すぎるハードルでした…



①「『首切りの論理』とは結局なんなのか」について。
血に関係があるとすれば、身体を調べていない「宮垣先生・井野」のどちらかが犯人であるということでしょうが…。
宮垣先生が生きている可能性について考えが至りましたが、「首切りの論理」については全く分からず。



④「舟丘の手記の『車』とはなんなのか」について。
これは真剣に考えました。

記述がある車は
・宮垣先生のベンツ
・(佐藤の?)古い型のカローラ
・宇多山の車
・島田の車
・井野のプレリュード(置き場所不明)
といったところです。

舟丘は宇多山の前に迷路館に到着していたので、宇多山の車・島田の車は見ていないはず。
となると、ベンツ・カローラ・プレリュードのどれかが怪しい。

・ベンツが怪しい。
→以前訪れた時と違う型のベンツだ!宮垣先生が資産家であることが動機に繋がる…??

・カローラが怪しい。
→カローラの持ち主が佐藤ではない?
→カローラの持ち主は、舟丘より前に来ていた須崎。免許を持っていない須崎が運転するのはおかしい…??

・プレリュードが怪しい。
→井野はプレリュードからカローラに乗り換えた?
→農薬などを購入する際、足がつかないために古い車に乗り換えた…??

色々考えましたが、これ!というのが出てきません。
島田は電話帳を見て何かしら理解していましたが、電話帳って名前、電話番号、住所しか載っていないですし…



作品の謎として提示されている①~④からは何のとっかかりも得られなかったため、その他考えてることを整理。

・第2章の宮垣先生の遺言(P66~)の中に宇多山奥さんの名前が出てこない。夫婦で招待しているのに奥さんの名前を出さないのか…
→奥さんは実在しているのか?

・犯人は隠し扉を自在に操り林、舟丘を殺害している。秘密の扉を偶然に見つけた人物ではない。
宮垣先生、井野、次点で鮫嶋の誰かが犯人(60歳過ぎの方の犯行とはとても思えないので角松は除外)



動機面からも考えてみます。

4人に恨みを持っていたのは誰?
→一向に成長しない弟子たちに苛立っていた宮垣先生

4人を殺して得をするのは誰?
→遺産の全てを宮垣賞にあて推理小説を発展させたいという、推理小説の未来を考えている宇多山夫妻か鮫嶋



色んな事について悩むに悩んだ末④「舟丘の手記の『車』とはなんなのか」に対する回答が「医者は古い型のカローラに乗らない」である可能性に思い至りました!!!!
つまり、佐藤≠医者。(島田は電話帳で病院の名前を調べ、そんな病院がないと分かったんだ!)
とすると、宮垣先生は死んだフリ。
宮垣先生の遺書を読み上げた井野もグル。(そもそも、ガンで体調が悪い宮垣先生に斧は振り回せない)

宮垣先生と井野は、鍵のかかった書斎&寝室にいる!
動機は、死期を迎えた宮垣先生の『人を殺したい欲』が暴走。宮垣先生の熱烈な信奉者の井野はそれに従っている!!
この小説のラストは、宮垣先生と井野の2人の自殺シーンだ!!!

謎は全てとけた!!
第十章以降を読むぞ!!


……



宮垣先生の単独犯でした…



そこからさらに読み進め「昨年の四月、迷路館において五人の男女を殺した犯人は宮垣葉太郎ではなかった」という記述(P276)に度肝を抜かれました。
これはまさしく「畏怖すべき真相」でしたね。

多少の負け惜しみ

「鮫嶋=女性」については疑いもしなかったので完全に脱帽です。
そして、鮫嶋=女だと読み取っていたとしても、首を切った=生理による出血を隠すためとは思いつきもしなかったと思いますね…

そもそも、
殺人を行う時、動きにくいスカートを履き、
殺人計画を綿密に練っておきながら初めての殺人に驚き、
その場にへたれこみ、
突然生理になり、
明らかに血であると分かるほど大量出血する、

…というスペシャルな偶然をトリックの根幹に持ってくることには、若干の不満を感じます。

第11章で井野が死んでいるのを発見した際の『島田はその死体を少し調べてみたが、外傷らしいものは何も見当たらない』(P247)
という一文を受けて、

井野には外傷がない。
→宮垣は病気&高齢のため斧を使えない。
→鮫嶋が真犯人の可能性も出てきたぞ!!
→でも鮫嶋には外傷がなかったはず…
本文に「男」であるとは一文字も書いてない!女性なら生理出血があるじゃないか!!

と閃くのが真の探偵なのでしょうね…

もう一つの真相

「宮垣葉太郎」は推理文壇における影の大家であったのでしょうが、「一度もベストセラーになったことがない作家」です。(P23)
(作品の一つである『華麗なる没落の為に』は日本三大奇書にも並ぶ評価だったそうなので、一筋縄ではいかない作風ではあったのでしょうが…)

つまり世間的には、ちょっと有名な推理小説家がさらに有名でない推理小説家達を殺した事件…ということになります。
だからこそ、一連の事件後「マスコミは、煮えきらない警察発表に基づく、通り一編の報道だけでお茶を濁すしかなかった」(P10)のだと思います。

しかし、警察は違います。
遺書が見つかった後の捜査なので、「血を分けた後継者=鮫島の子」ということは分かります(認知しているので、戸籍を取ればすぐに分かるでしょう)。
となると「隠し子が絡んだ遺産相続事件」という、よくある2時間サスペンス事件となり、血を分けた後継者の母である鮫島に疑いの目が向けられることは間違いありません。
しかしながら警察は「明らかとなった真相を一応認めつつも、これを積極的に表に流そうとはしなかった」(P10)とあります。
これは何故なのでしょうか?

それは宮垣先生のエピローグ(遺書)が説得力を持ったからです。(P263)
ではこの、署名はあるもののワープロで印刷された遺書が説得力を持ったのか。

それは「宮垣葉太郎」=人殺し願望がある人物、と警察が判断したからです。

この判断の根拠は、
「私には少年時代から強い願望が一つあった。一度この手で人を殺してみたい、という願望だ。が、結局実行できないでいる。何十年も人殺しの話ばかり書いてきたのは、いわばその代償行為さ」(P26)
という宮垣先生の発言です。
しかしながらこの発言は「鹿谷門実が書く迷路館の殺人:エピローグ」に書かれているものに過ぎません…!!

このことから
真犯人=信頼できない語り手である島田潔
という結論が出てこないでしょうか。
(舟岡の痴漢防止用のポケットブザーを鳴らすことは、様々な機械トリックで可能でしょうし、舟岡さんの部屋に最初に入ったのは島田ですから(P187)、さらに様々な細工が可能だと思われます)

この事件のポイントは、「宮垣葉太郎の人となりを知っている人物を全員殺害することで、宮垣葉太郎=人殺し願望がある人物であると誤認識させること」です。

となると、気になる点があります。
担当編集者と小説評論家の2人です。
しかしながらもちろん、労せず多額の遺産が転がり込む鮫島、鹿谷門実が書く小説を売り出すことが出来る宇多山は共犯です。
(ここで言う共犯とは、「本当の宮垣葉太郎の人となりを積極的に話さない」ということです)

島田潔がこの作品を書いた本当の目的は「警察及び世間に『宮垣葉太郎=人殺し願望がある人物』という認識を植え付けること」です。
(読者のうち何人かは「鮫島が怪しい」と気付くのでしょうが、物的証拠は何もありませんから、鮫島は警察に何を聞かれたところで痛くも痒くもありません)
動機については…「実現できたから」が動機なのではないでしょうか。

この事件は「推理小説を発表することで完結する事件」であり、読者も「宮垣葉太郎=人殺し願望がある人物」と認識し、一つの結末を受け入れている以上「読者も島田潔の共犯」とすら言えるかもしれません。

綾辻行人さんの館シリーズ第一作:十角館の殺人の感想も書いています。
こちらは、「探偵の謎解き」についても考察していますので、興味がある方はご一読ください。