シリーズ第3弾! 兇人邸の殺人 感想と考察と違和感【ネタバレあり】

感想
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2021年7月に東京創元社から発行された、今村昌弘(いまむらまさひろ)さんの小説です。

屍人荘の殺人」で華々しくデビューしたシリーズの第3弾!!
デビュー作が素晴らしい作品だっただけに今作も楽しみに読み始めました。

※今後出てくる作品のページ数は「東京創元社」のページ数です。

あらすじ

❝廃墟テーマパーク❞にそびえる「兇人邸」。班目機関の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その奇怪な屋敷に侵入した葉村譲と剣崎比留子を待ち構えていたのは、無慈悲な首斬り殺人鬼だった。逃げ惑う狂乱の一夜が明け、同行者が次々と首のない死体となって発見されるなか、比留子が行方不明に。さまざまな思惑を抱えた生存者たちは、この迷路のような屋敷から脱出の道を選べない。さらに、別の殺人者がいる可能性が浮上し…。
葉村は比留子を見つけ出し、ともに謎を解いて生き延びることができるのか!?『屍人荘の殺人』の衝撃を凌駕するシリーズ第三弾。

※このあらすじは本のカバーから引用しています。

「無慈悲な首斬り殺人鬼」という表現が少しチープだと思います…
また、『屍人荘の殺人』の衝撃を凌駕するという煽り文句は中々大きくでたな、という印象です。

感想

ミステリっぽい雰囲気を味わう作品です!

クローズドサークルものです。前々作は〇〇を用い、前作は預言者・予知能力者を登場させ、今作は屋敷に潜む無慈悲な首斬り殺人鬼が登場します。
…前々作、前作と比べて、特殊設定が何となく弱くなっているような気がしますね。

物語の始まりは「葉村のとこはさ、なんかやらんの?」というセリフからです。
「残念。〈BLTQ〉は本格推理じゃないんだ」というセリフがP16に出てくるあたり、神紅のホームズの影が薄れつつあるのが個人的に残念です。

そして前々作、前作に引き続き、登場人物の名前を非常に覚えやすくしていることは、登場人物の名前を覚えることが苦手な私にとって、非常に好感が持てます!

そしてさらに!
前作かなり酷かったライトノベル的文体や、葉村と剣崎のいちゃつき具合は鳴りを潜めており、ストレスなく物語を読み進めることが出来ます。

しかしながら、ミステリとしては更にパワーダウンしています。特殊設定でミステリを書くのは非常に難しいんだな…としみじみ感じます。
ちなみに、パニックホラー作品として楽しめる作品でもありません。

読者側に与えられた情報では絶対に解くことが出来ない謎が多数待ち構えていますので、謎を解こうとせず、軽い気持ちで一気に読み進めることをオススメします。

(有栖川有栖さんが本作に対し「圧倒的に恐ろしくてパワフル。それでいて憎らしいほど緻密に構築された本格ミステリで、今村昌弘の快進撃は止まらない」という文章をよせているようです。この本を本格ミステリと位置付けてしまう有栖川有栖さんに正直がっかりです。月光ゲーム、双頭の悪魔などは好きだったのですが…)

屍人荘の殺人が面白かっただけに、第2作に続く更なるパワーダウンは正直残念です。堂シリーズのようにならないことを祈っております…

総評

読んでよかった度:☆☆
また読みたい度:
特殊設定ミステリはもう限界なのでは…度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

違和感

第一章冒頭に葉村が葉村の友人に問題を出すシーンがあります。
「踏んだり蹴ったりな事情があり、不本意ながら学食でご飯を食べた葉村は、昼休みどのような行動をとったでしょう?」というのが問題です。
前提条件は「葉村は常識で考えて、効率がいい行動を取った」というものです。

詳細は省きますが、解答は「朝慌てて家を飛び出した葉村は財布を忘れた。交通系ICカードを持っていたが残金約900円だった。1件目のご飯屋さんに到着した際に財布に忘れたことに気付いた。今持っている残金では料金を払えないため、2件目のご飯屋さんに行った。到着後、現金以外の支払いが出来ないことに気付き、不本意ながら学食でご飯を食べるしかなかった。財布を忘れたことにより1件目でご飯を食べ損ね、現金以外の支払いができないことにより2件目のご飯屋さんでも食べ損ねた。踏んだり蹴ったりだ」というものです。

まず、財布を忘れた+交通系ICカードの残金が900円しかない時点で充分踏んだり蹴ったりです。

また、初めて行ったご飯屋さんならともかく、何回か行ったことがあるご飯屋さんの支払いが現金のみである、ということに気付くのがそのご飯屋さん到着後、というのは「常識で考えて、効率がいい行動をとった」と言えるでしょうか?葉村の頭の回転の鈍さも推理に織り込むべきだった、ということでしょうか?

葉村が友人に出した問いは解答に到るための前提条件に疑義があり、また、葉村が提唱する解答へのルートも首を捻らざるを得ません。友人でなくても「分かるかあ、そんなもん!」と大暴れしたくなります。

本作は、ずーっとこんな感じです。
読者が解答できるための前提条件が提示されませんし、登場人物の行動原理や比留子の謎解きも「そりゃそういう捉え方も出来るけど、そうじゃない捉え方もできるよなあ…」と思ってしまいます。

いくつか違和感を感じましたのでまとめてみました。

葉村

今作の葉村は、ツッコミどころが多いです。

初動

そもそもですが、比留子は巨人がいる別館に閉じ込められています。
閉じ込められた場所は「床一面に均等に埃が積もっている。長い間ここには誰も立ち入ってないみたい」(P133)とありますが、鍵もかからず身を隠すところもないただの空き部屋です。

巨人の犯行を目の当りにし、その巨人がいつ比留子を襲いに来るか分からない状況ならば、葉村は一分一秒でも早く正面の跳ね橋を落とすべきです。

比留子の救出を後回しにし、不木が誰に殺されたのか調べている葉村は、班目機関の手先になったか偽物なのかのどちらかだ、と思っていました。

(一応おまけ程度に「剣崎さんの居場所が安全なのも、あそこは女子の出入りが禁じられていた男子棟に位置するからなんです。ケイは規則を守る子だったから。」(P338)という描写がありますが、これは後だしジャンケンですので、葉村が跳ね橋を落とそうと行動しなかった理由にはなりません)

二日目夜

葉村は、アウルと一緒に副区画の隠し部屋に入っていた際に襲われ、副区画から首塚に巨人を誘導します。
扉の裏側になる壁に張りつき身を潜めていたシーンで「まず主区画の側の鉄扉が開き、人影が首塚に出てきた」(P226)と書かれています。

この時、首塚は完全な闇に包まれています(P225)。その状態で「人影」の認識が出来るでしょうか?
成島がライトを持っていた可能性もありますが、その場合「ライトの明かりが見えた」という描写になるはずです。
完全な闇に包まれながら人影が認識できる…葉村も施設の生き残りだったんですね!!

ちなみにその後、葉村が巨人を首塚に誘導したせいで成島が殺されます。

もちろんアウルのために仕方ない&成島の行動は予定にはなかったので成島の自業自得と言えなくもないですが、「俺のせいで成島さんが…」とちょっとぐらい落ち込んでもいいのではないでしょうか?

第一の事件と第二の事件の描写に関する疑問点

読者に対して解けない謎を提示しているので、本作を本格ミステリと表現するには難しいところです。

不木の扉

第一の事件に関する比留子理論や作者の書き方に納得がいきません。

比留子理論

「不木の私室に通じるかんぬき付きの金属扉に、なにかを叩きつけたような傷があったそうですね。阿波根さんの証言から考えると、それは昨夜巨人によってつけられたもの。これは巨人は不木の私室に入れなかったことを示しています」(P174)
(ちなみに阿波根さんの証言とは「昨日の昼に見たときは傷一つありませんでしたよ」(P113)というものです)

比留子の推理がものすごく乱暴です。
阿波根の証言から扉の傷は巨人によってつけられたものだと断定する根拠は?
扉に傷があったことが巨人が不木の部屋に入れなかったことを示している?何故?
かんぬきがかかっていなかった可能性の考慮は?

まず、「扉の外側の傷は巨人がつけたものかどうか」に対する考察が曖昧です。

比留子の根拠が阿波根さんの証言ではなく「葉村が撮った扉の写真」と「館の中にある刃物の写真」なのであれば、刃物と扉の傷を見比べる→館の中にある刃物で付けた傷ではない→巨人がつけた傷、と話を進めることが出来ると思います。

そして一番重要なことは「扉が閉まっていたか」ではなく、「扉にかんぬきがかかっていたか」です。
かんぬきの有無で、主区画にいる誰もに犯行のチャンスがあることになりますが、比留子らしからぬ乱暴な展開でかんぬき問題はスルーしています。

もちろんこのシーンは剛力にボロを出させることが目的なのである程度のはったりもあったかと思うのですが…比留子が組み立てたにしてはずいぶんボロボロの理論展開じゃないでしょうか。

読者視点

神の目を持つ読者にはヒントが提示されているはずです!

扉の外側の傷に関しては、「扉の外側には傷がたくさんついている。巨人が殴りつけているうちに、かんぬきがずれたのかもしれん。」(P112)と書かれているのみです。

この表現では、扉の外側の傷は本当に巨人がつけたものなのか読者には分かりっこありません。
屋敷にある全ての刃物は雑賀が鍵のかかる金庫で保管→その雑賀はマリアに監視されていた→小さなナイフ等ではこんな傷がつかない→間違いなく巨人がつけた傷である、等の描写が必要なはずです。


かんぬきに関しては剛力が全てを見ていたはずです!
該当箇所を見ると…不木が自室に戻ってきた際、扉にかんぬきをかける描写は一切ありません!(P77-78)。
本作、読者に謎を解かせる気はないようです。

雑賀さん

第二の事件も謎が謎でなくなる描写です。

剛力が雑賀の死体を発見したシーンは「ライトに浮かび上がったのは、目を見開いたまま身動き一つしない雑賀さんだった。」(P202)と書かれています。
これは、雑賀の「目を見開いた首」「身動き一つしない胴体」とがバラバラになっていた状態を見たとしてもおかしくない描写です。

真犯人の動きは以下の通りです。

真犯人は3時~6時の間に中華包丁を持ち出し雑賀を誘い出す
→誘い出された雑賀は「運悪く」副区画の隠し通路に真犯人を案内してしまう
→犯人は剛力のナイフで雑賀を刺し、中華包丁で首を斬り落とす
以上のことをやっておけば、何一つ困難な状況は生まれないため、困難を分割する必要すらありません。

動機

不木の首を切った理由→剛力の罪を巨人のものにするため
雑賀を殺した理由→ケイと同じ殺人の罪を背負いたいため

個人的には、ミステリの動機は何でもいいと思っていますので、動機そのものに問題はないと思います。

しかし、本作がミステリなのだとしたら、《追憶》の中の描写の中で「コウタは病的なまでにケイと同じ行動をする」とか「『なにがあっても一緒だから』というケイの発言の後、コウタはケイと同じ行動をするようになった」とかの一文が欲しいところです。

ついでに言うと、不木は剛力の罪を巨人=ケイになすりつけようとしています。
何十人も殺しているから、もう一人ぐらい罪が増えてもいいだろ!ということなんですかね?
ケイが可哀そうです…

生き残りの能力

生き残りについて比留子が語るシーンです。

「私たちは最初から超人研究の被験者が持つ、特徴的な能力を目にしていたんです。彼らは驚異的な人間離れした生命力と回復力を持っている。常人なら致命的な出血があっても、平気で活動できる」(P325-326)

巨人が銃弾を受けた描写は「一発は巨人の腹に命中し、血しぶきを上げる」(P74)という部分です。
腹に銃弾を食らったのに活動しているため、生命力と回復力があることは同意できますが「致命的な出血があっても、平気で活動できる」はどこからきたのでしょうか?
首塚を撮った写真(P126)から推理した可能性もありますが、首塚ではチャーリーの頭と胴体が泣き別れ(P74)になっていますから、巨人の血かチャーリーの血か判別できないのではないでしょうか?

つまり、比留子は施設の生き残りで、巨人に対し攻撃を仕掛け致命的な出血を与えたから知っている、ということなのでしょう!

また、読者は《追憶》から施設内の被験者情報を得ていますが、「力が常識外」「鼻の骨折が三日で治る」程度です(P88)。
《追憶》の中で誰かが血が出る怪我をする→回復する、という描写があればまだ納得いったのですが…

「生き残りは致命的な出血があっても行動できる」ということは、第2の事件の謎を解く重要ポイントですので、ここは慎重に書いて欲しかったです…

(ちなみに「腹に銃が命中したんだから、致命的な出血になるに決まってるだろ…」というのは「巨人」という特殊設定を出している時点で成立しなくなります。特殊設定を出すのであれば、その特殊さを解説する必要があるからです)

クローズドサークル

比留子が唱えた大仰な物理的・心理的クローズドサークル理論(P134-135)でしたが、最後はあっけないクローズドサークルの崩壊でした。

崩壊の要因は「自分たちの命が危なくなったから正面の跳ね橋を落とした」という何とも小さなものです。(成島や雑賀がいなくなっていることも多少あるかと思いますが…)
一般人に巻き添えを与えない、ということを優先するなら救助隊が動くまでの間、阿波根を説得し全員で不木の部屋に閉じこもるべきです。
葉村も、比留子の命が危なくなっても跳ね橋を落としませんが、自分の命が危なくなったら皆を巻き添えにしても自分が助かろうとする小物だということが露呈しましたね…

最後に

本作最大の問題点は剛力=ケイというミスリードが全く魅力的でなく、そして物語に何ら影響しなかった、という点です。
施設の生き残りには裏の世界で懸賞金がかけられている、とか、いっそこの《追憶》を日記という形式にして比留子に読ませる、とかの方法を取ればまだもう少し物語に影響したかな、と思います。
(しかしながら、施設の生き残りは誰だ?問題に早期に取り組むと「ナイフで指に傷をつけて、一番早く出血が止まった人が生き残り!」という簡単な見分け方を比留子が言い出しかねないから難しい所です)

要所要所でミステリらしいところは出ています。
施設内に小動物などの生き物がいないことで、生き残り出血トリックを演出したり。
巨人が隻腕であることと、アリや不木の髪型で、巨人が二つの首を同時に持てないことを演出したり。

しかしながら、上記のような問題点は多数ありますし、アレキサンドライトやカニのストラップのヒントの出し方はあからさま過ぎます。

本作をミステリとして楽しむには…後2歩ぐらい足りないと思います。

本作最後は「重元さん」が登場しました。(第1作屍人荘の殺人で登場し、生き残っていたにも関わらず行方が分からなくなっていた映画マニアです)
しかし、重元さんが登場した!次回作も絶対読もう!と個人的には思いませんでしたね…

そろそろ、作者は特殊設定+クローズドサークルものを書かなければならない呪いが解ければいいな、と思っています。


前々作「屍人荘の殺人」感想は こちら です。
また、こちらは漫画化・映画化もされているので原作と見比べても面白いと思います。