屍人荘の殺人【小説版】 感想【ネタバレあり】 神紅のホームズの活躍をその目に焼き付けろ…!

感想
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2017年10月に東京創元社から発行された、今村昌弘(いまむらまさひろ)さんの小説で、2019年12月に集英社から漫画版が発売されており、 2021年7月に完結しました。

「第27回鮎川哲也賞」受賞作です!(鮎川哲也と言えば個人的には「リラ荘殺人事件」ですね)
その他にも
「このミステリーがすごい!2018年度版」
「週刊文春ミステリーベスト10」
「2018 本格ミステリ・ベスト10」
において第1位を獲得。
そして「第18回本格ミステリ大賞」を受賞するなど、数々のミステリタイトルを総なめにしている作品です。
(個人的には「聖女の毒杯 その可能性は考えた」が2017年第1位を取っている時点で、「本格ミステリ・ベスト10」にあまり権威性を感じませんが…)

デビュー作で上記タイトルを獲得した今村昌弘さん。次回作以降も楽しみです!

※今後出てくる作品のページ数は「東京創元社」のページ数です。

あらすじ

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。
緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…!!究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?!奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!

※このあらすじは東京創元社のカバーから引用しています。
帯には「たった一時間半で世界は一変した。全員が死ぬか生きるかの極限状態下で起きる密室殺人。」という煽り文句もあります。

感想

面白いです!

まず、「屍人荘の殺人」というストレートすぎるタイトル!
この作品は本格物なのだ!という気概が感じられます。

そしてページを開くと巻頭に「紫湛荘見取り図」があります!
やはり「館」の見取り図は本格物には必要不可欠でしょう(建物の見取り図を載せただけの小説もありますが、本作においてこの見取り図は重要な位置を占めます)。

さらに本作には密室が出てきます!
密室は古今東西のミステリで出てくるが故に、ありとあらゆるトリックが使用済みです。ミステリを読む人にとっては「こんなトリックを使ったんだろう」とある程度想像がついてしまいますが、ミステリ好きのワトソン役:葉村によるミステリ的密室解説を書くことによって密室の作り方の選択肢をうまく狭めることができていると思います。



問題点があるとすれば「文章が軽い」というところでしょうか。
しかしながら、文章が重厚であってもミステリ的に面白くなければ意味がありません。
本作は面白い作品でしたので、個人的には文章の形は気になりませんでした。

…というか、16人の登場人物の名前を語呂合わせで付けている(P75~76)ことなどから考えて、作者は文章の軽さも含めて読みやすさ重視で書いていたのではないかと思ってしまいます。
「カレーうどんは、本格推理ではありません」から物語が始まることも、読者を意識してのことだと思います)
その計算(?)が功を奏して、デビュー作にして映画化&漫画化されています。新人作家としては偉業と言っても差し支えないでしょう。

携帯電話の登場により一掃されたかに思われたクローズドサークルものに新たな可能性を見出した、ということだけで一読の価値がある作品です。

未読の方は、正面から謎解きに向き合える作品だと思います。

総評

読んでよかった度:☆☆☆
また読みたい度:☆☆
デビュー作とは思えない作品の完成度:☆☆☆☆☆



本作を映画で知った方も多いのではないでしょうか。

葉村譲:神木隆之介、明智恭介:中村倫也、剣崎比留子:浜辺美波というキャストです。
映画の予告編を見ましたが、ある重要な部分が意図的に隠されていますCMなどで予告編を見て映画館に足を運んだ方からは不評だったんじゃないかな…と思ってしまいます。



漫画については、神紅のホームズ:明智さんがイケメンに描かれているのでオススメです!
個人的には剣崎のイメージが少し違いましたが…
漫画の感想もまとめましたので、こちらからどうぞ!

※以下ネタバレがあります!!

ネタバレ感想

まさかのゾンビもの作品!
巻末の主要参考文献に「ゾンビサバイバルガイド」が載っていたのは非常に面白かったです。


感想のところで少し触れましたが、クローズドサークルの作り方が上手いです。
携帯電話がない時代であれば「ゾンビが電話線を噛み切った」で済みましたが現代ではそうはいきません。
そこに「政府による電波への介入」という非常に今風の方法を編み出していると思います。

事件①(進藤)

第一の事件については、偶然、進藤が星川ゾンビに襲われていたところを見た、というミステリ的ご都合主義が気になりますが、その偶然を利用した様々な仕掛けにより、その偶然は気にならなくなりました。

また、第四章の冒頭で「これは天啓だ。(中略)運命を操る何者かー神か悪魔かーが味方をしているとしか思えなかった」(P118)と書いてあるので、今回の事態が犯人にとっても偶然だった、ということは読者にも開示されていると捉えることが出来ます。

事件についてですが、実行犯はゾンビであることは遺体の状況から間違いありません。
そして、メッセージを残したのは人間or自我を保ったゾンビということになります。
ミステリなら前者、ゾンビ小説なら後者という事になるのだと思います。同様に「ゾンビを犯人が何らかの方法で操った」という方法もミステリ的に採用しづらいと思います…)

では誰がメッセージを書いたのかという問題になりますが「ごちそうさま」のメッセージを残すためには、部屋の内部状況を知る必要があります
この時点で部屋の中の惨状を見ることが出来るのは「マスターキーを持っている名張、窓から進藤の部屋が見える静原・葉村」の3人に絞られます。(ドアの外から音を聞いていた可能性もありますが、音だけでは「確実に進藤がゾンビに襲われている」という状況は分からないので難しいと思います)

実行犯のゾンビはどうやって進藤の部屋に侵入したか、という問題ですが進藤が「そそくさと星川の荷物を自分の部屋に持ち込む」(P113)という描写に違和感を持てば解けたと思います。
それだけでは妄想に過ぎませんが、掛け布団の裏側に血色の染みがついていた(p233)という証拠の提示が上手いと思います(証拠をスマホで撮影しているのは現代的ですね)。
ゾンビの脱出方法は「何者かが歩いたような血の跡がベランダの外へと続き、手すりにもべったりと付いていた」(P123)という分かりやすい描写がありますので、あまり深く考えませんでした。

しかしながら「視線がぶつかると足場を気にせず突進してくるゾンビの描写」(P167)と第一の事件とをうまく嚙み合わせることが出来れば「進藤の部屋にいた星川ゾンビは、偶然ベランダから落ちたのではなく、ベランダから見える『静原or葉村』と目があったから落ちた」と考察していれば、さらに容疑者を絞り込むことも可能だったと思います。

事件②(立浪)

ここでのテーマは「何故エレベーターを使った殺害方法を選択したか」「立浪の部屋のカードキーをどのように入手したか」です。

何故エレベーターを使ったか

「立浪を2回殺したかった」(P296)というのが答えでしたが、これは想像もしませんでした。
負け惜しみを言わせてもらえば、例えば、
・進藤ゾンビにとどめを刺したのが静原だった
・立浪と葉村が語り合うシーンで妊娠させた過去を暗示させることを言った
・遠藤沙知が妊娠していた噂があった

などのヒントがあれば答えに辿り着いた…かもしれません。

立浪の部屋のカードキーをどのように入手したか

立浪の部屋のカードキーを入手した手順について、個々人の行動を描写することによって論理的に説明できていること。
そして「自室のカードキーを使用できなかった人物が犯人」という論理が非常に緻密に組み上げられていることは非常に面白く、素晴らしい仕掛けでした。

カードキーを入手できたのは、高木・静原・葉村でしたが、その後の葉村の「四時半少し前」という証言、そして「自室にいた」という嘘の証言(P209)を切り口に真相に辿り着く方法は圧巻でした(このシーンで「見取り図」が非常に効果的に使われています!)。

「四時半少し前」に関しては、部屋の中の時計を見た!と言いたいところですが、部屋の中にある時計についても「壁の時計を見ると、デジタル表示が午前六時を示したところだった」(P119)と描写されているので、言い逃れが難しい状況です。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

葉村の独白「なにかよくないことが起きたのは確かだった」(P193)という描写がいかにも暗示的です。
何せ「殺人と並ぶ行為である死人の荷物に手をつけている時」「ゾンビが侵入し」「部屋を開けたらいるはずのない静原と目が合う」という、驚きのトリプルパンチが襲っている状況なのですから…

ちなみに作者は、葉村が部屋に入るシーンで「カードキーを使用した」と書いていません(P191)。
作者とすると疑いの目を葉村にも向けて欲しかったのだと思います。

しかしながら、第五章の冒頭で「だから、やった。(中略)彼女が必死に事件解決に奔走していると知りながら(略)」(P192)というのは描写が葉村の独白だとすると…さすがに安直すぎる思います。

事件③(七宮)

ゾンビの血を目薬に仕込んだ、というのが解答ですが、全員の手荷物及び行動の詳細な描写がない(P194)ことから、毒物を仕込むのは七宮の部屋に入った全員にチャンスがあったことになります。
「ペットボトルのような嵩張るものは絶対に持っていなかった」という証言(P287)を七宮の部屋に入ったシーンにうまく落とし込むことが出来ていたら、目薬トリックがより際立ったと思います。

また、立浪は「2回」も殺害することに拘った割に「目薬にゾンビの血を仕込む」という不確実な手段を取ったことには少し違和感を覚えます(例えば七宮が眼鏡を持ってきていた場合、目薬トリックは不発に終わります)。

全体的に事件③は読者に対してフェアではなかったように感じます。

ゾンビについて

作者の謎への向き合い方を甘く見ていた私にとって七宮が言及した「自我を保ったゾンビ」(P136)の可能性を最後まで捨てきれなかったです。

全体を通して考えると「ゾンビに噛まれたらもう助からない!」重元の言葉(P97)は、ある意味で非常に罪深い一言だったと思います。
星川ゾンビを発生させてしまいましたし、明智さんも助けることが出来ない雰囲気になってしまいました。
ゾンビに噛まれた直後にゾンビ化する訳ではなかったのですから、星川については、室温を極端に下げる、噛まれたところ抉り取る、などの方法を取れば、もしかしたらゾンビ化しなかったかもしれません…

物語途中の、ゾンビに少し噛まれただけでまだ生きている探偵を見捨てるワトソン(P100)に怒りを覚えましたが、震災経験による心情(P169)なのだとすれば多少納得もいきました…

ゾンビに噛まれてからゾンビ化するまでに時間がかかることを利用して、明智さんは何とかして生き延びている!!と信じていた私にとって「神紅のホームズ」の最後の描写は、残酷すぎるものでした…

総括

ゾンビという興味深い題材を使用しそれをミステリにうまく落とし込んでいることや、ゾンビが迫る様子が物語にアクセントを加え常に緊迫した雰囲気を演出出来ていることなど、非常に面白く読むことが出来ました。
しかしミステリとしてはどうかと言うと、クローズドサークル・密室・顔のない死体など、「ミステリ的エッセンスを詰め込んだ優等生的な作品」であったように思います。

この作風が作者の味なのか、賞を取りに行った結果なのか、今後の作品に注視します。

「ただ事件に巻き込まれ、そこから生き延びるために必死になって事件を解決する探偵」(P199)
「探偵という特等席が用意されていない探偵」(P200)
という探偵像は、今後の作品においても様々な仕掛けが可能だと思います。
個人的には神紅のホームズのスピンオフ作品も書いて欲しいです!

今後の作品にも期待しています!
第2作魔眼の匣の殺人の感想はこちらです。