遊びに徹したパズラー まさに「推理小説」! 奇面館の殺人 感想と考察【ネタバレあり】

感想
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2012年1月に講談社から発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第九作!!(館シリーズは全十作とされていますから、最後から2番目の館です)

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

奇面館主人・影山逸史に招かれた六人の男たち。館に伝わる奇妙な仮面で全員が”顔”を隠すなか、妖しく揺らめく<もう一人の自分(ドッペルゲンガー)>の影……。季節外れの吹雪で館が孤立したとき、<奇面の間>に転がった凄惨な死体は何を語る?
前代未聞の異様な状況下、名探偵・鹿谷門実(ししやかどみ)が圧巻の推理を展開する!
名手・綾辻行人が技巧の限りを尽くして放つ「館」シリーズ、直球勝負の書き下ろし最新作。

※このあらすじは講談社ノベルスの背表紙から引用しています。

「技巧の限りを尽くして」という表現は、捉えようによっては失礼だと思うのですがどうなんでしょうか…

そして、最近の講談社ノベルスの煽り文句のパワーダウンは正直残念です(作者の方々から苦情があったんですかね…?)。
比類なきこの香気!
から始まった館シリーズ煽り文句のきらめきを取り戻して欲しいものです。

感想

非常に面白いです!!!

館に招かれた六人の男は、館の主人の希望により「〈歓び〉〈驚き〉〈嘆き〉〈懊悩〉〈哄笑〉〈怒り〉」それぞれの顔をした仮面を被ります。
(映像化すると非常に面白そうですが、イケメン俳優を役に絡めたいテレビ局サイドの考えとはそりが合わなそうです…

その後、仮面の鍵が外れなくなった状態で事件が起こりますが、当然「被害者は本当にその仮面を被った本人なのか?」と皆が考え、事件現場が混乱していきます(その困難の中にもさりげなくヒントを散りばめるのはさすが「館シリーズ」です)

そして、謎が提示された後、その情報を元に名探偵は謎解きはどうやって行うのか?という探偵の思考プロセスがしっかりと書かれているところが非常に興味深いです(名探偵は、事件の情報を聞いただけで全ての謎を見通すことが出来るのだ!と勝手に思い込んでいました…)。

他の館シリーズに比べて派手さはありません。
厳密なパズラーですので、文章を隅々まで読めば間違いなく謎が解ける、という意味では「まさしく推理小説」という印象を受け、個人的にはとても面白く読むことが出来ました。

しかしがら本作、ページ数がそれなりにあります。さすがに暗黒館には及びませんが、時計館の殺人(全469頁)と同じくらいの厚みがあります(全425頁)。この本を隅々まで目を光らせて読むことが出来ることも名探偵の資質の一つなのだと思いました…。

自信がある方は第十章まで(P263)、自信の無い方も第十一章まで(P309)読み終えれば、この事件の全ての謎を解き明かすことが出来ます!

第十一章まで読んでも、全く分からない方もご安心ください。
本作の名探偵は、謎をゆっくりと解いていきます(名探偵の決まり文句:「さて、皆さん」(P322)も出てきます)。
探偵が一つの謎を解き明かし、その答えを元に読者は他の謎を考える…という形でこの本を楽しむことも可能だと思います。

あなたはどの章まで読めば謎を解き明かすことができるでしょうか。

※ちなみに、館シリーズを始めて読む方は、謎の重要な部分を解くことが出来ませんので、最低でも十角館の殺人を読んでから、本作を読み始めることをオススメします。

総評

読んでよかった度:☆☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆
作者の遊び心に対して好みは別れるだろう度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

考察

本作の素晴らしいところは、答えとして考えられる様々な可能性を、作者が設定する状況によってつぶしていることです。
「主人の入れ替えの可能性」を報酬である小切手の筆跡でつぶしている点(P280)は本当に驚かされました!

読み返すと、作者が分かりやすくヒントを出しているところがいくつもあります。
・鹿谷門実が奇面の間にいる際「この奇面館は、あの中村青司の手に成る建物であるという大きな問題が」(P201)と独白していることで、館のからくりが奇面の間にあることを示唆したり。
『ミネルヴァ』の梟も、赤い翼(P94)と蒼ざめたフクロウ(P223)の2つだけのヒントでいいはずですが、駄目押しで「翼を広げた青い瞳の梟」(P259)と梟の色に齟齬がある事を解決編直前で紹介したり。
共犯者はいない、と何度も言ったり…

ここまでお膳立てされて真相に辿り着けなかった自分が恥ずかしいですね…

作者が提示した謎

問題点は分かりやすくまとめられています。(P287)

1 何故、首と指を切断したか?
2 何故、仮面を被らせたか?
3 何故、睡眠薬を飲ませたか?

1に関して、顔は怨恨・指は指紋を隠すため、と安直に考えてしまいましたね…
顔はからくりの鍵、指は防御創か…。

作者が、敢えて問題点を1と2に分けた罠にまんまとひっかかってしまいました。
指の切断と仮面を被らせた理由が同じはずがない、と思ってしまいました…

3に関しては、鹿谷門実が聞いた「きしっ、ぎしっ…かつっ」等の音(P134)があったため「館のからくりを動かすために睡眠薬を飲ませたのだ!」と思いつきました。
館シリーズをあまり読んでいない読者にとっては、問題提起することがいいヒントに繋がっていると思いました。

言い訳ですが、睡眠薬を飲ませた→からくりを動かすため、と閃いたので館のからくりに関する考察を打ち切ってしまいました。
首の切断も同じ理由のはずがない!と考えてしまったのですが、共犯者がいないことや主人の寝室からサロンが見えないことから、思い至っても良かったな…と反省しきりです。

先代

鹿谷門実の言う「先代」と鬼丸達の言う「先代」の違い。

読者とすると「それで息子の逸史が跡を継いだ、か。」という鹿谷門実のセリフが強烈なミスリードになっています。

2代目主人の父:影山透一の死因(P69)と3代目主人の父:影山智成の死因が違うことや、❝表情恐怖症❞に伴うキャラクターの違いなどから…気付けなかったですね。

因みに、このことが鹿谷門実の提示する問題点=作者が提示する問題点に含まれていない、ということは、作者からすると「分かって当然、問題ですらない!」ということでしょうか…。

隠されたテーマ

全員が同姓同名!

館シリーズ恒例、巻頭の登場人物紹介がない時点で「何か仕掛けがあるな」と思っていました。
「誰も本名を名乗っていない」ことにも違和感を感じましたが、まさか全員が影山逸史だったとは…!

姓名判断の字画の話をしている時に「気にする必要ありませんよ、皆さんは」(P317)と言うところが、作者が最後に出したヒントでしょうか。

明確なヒントがあります。
モノローグの影山逸史は妻の事を「彼とは四つ年の離れた、美しくてしっかり者の女性だった」(P127)と思い出しています。

現当主影山逸史が自己紹介する際「現在、四十三歳」「五年前、妻に先立たれてしまった。まだ、三十六の若さだったのですが…」(P79)と言っています。
43-5=38ですので、妻に先立たれた時、現当主影山逸史と妻の年齢差は二つ、ということになります。

影山逸史が妻の年齢を勘違いしている可能性…はほとんどないでしょうから、少なくとも影山逸史は2人いる、ということに気付きたかったですね…(ちなみに、時間軸が違うモノローグ、ということも考えられますが、モノローグの内容から今回の集まりの際のモノローグであることが分かります)。

このことに気付けば「亡き父、影山透一のことを考えるたび、影山逸史はどうしても引き裂かれた気分になってしまう」(P72)という文章は違った意味を持ち、「先代」問題に気付く…いや、気付かないですね…

その他

多少不謹慎ですが、首無し死体を見た際、誰も嘔吐しなくて良かったと思います。
仮面が脱げないのですから、仮面の中が大変なことになりましたね…

館シリーズも残すところ一作品。
あとがきの中で「もとより全体に大きな仕掛けやオチがあるようなシリーズ構成はない」(P427)とあるので、鹿谷門実が全ての黒幕、といったことはないといいな、と思っています。

そして、これは完全に個人的な好みの話になりますが、事件は「犯人によって練り上げられた犯罪VS名探偵」という構図の方が盛り上がります。
作者の言葉をお借りすれば「❝意匠性❞に満ちた作品」でしょうか。
最終作はそのような作品になることを期待しています!

館シリーズ第九作は「名探偵:鹿谷門実」っぷりが発揮されており、愛着の沸く作品であり、また、「こんなとんでもない状況は前代未聞ではないか、と思う。現実に起こった事件については云わずもがな、古今東西、さまざまなミステリの物語中で描かれた事件を見渡していたとしても」(P254)という文章が似合う、奇想天外なパズラーでした!

綾辻行人さんの館シリーズ第一作:十角館の殺人の感想はこちらです。