怪奇小説と推理小説の融合! びっくり館の殺人 感想と悪魔の子について考察【ネタバレあり】

感想
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2006年3月に講談社ミステリーランドシリーズの1冊として発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第八作!!

ちなみに「講談社ミステリーランド」ですが、講談社が2003年から2016年にかけて発行していた書籍レーベルです。
コンセプトは、「かつて子どもだったあなたと少年少女のための――」

※今後出てくる作品のページ数は「講談社」のページ数です。

あらすじ

少年の日の思い出のなかに建つ館、それは「お屋敷町のびっくり館」。
……不思議な男の子トシオとの出会い。囁かれる数々の、あやしいうわさ。風変わりな人形リリカと悪魔の子。七色のびっくり箱の秘密。そして……クリスマスの夜の密室殺人
鬼才・綾辻行人が紡ぎ出す、終わりなき悪夢の謎物語。

※このあらすじはwikipedeiaから引用しています。

感想

面白いです!!!

ハードカバー、不気味な表紙、不気味なイラストの数々…これまでの館シリーズとは一味も二味も違います。
中を見てみると、平易な言葉遣いを多用し、文字も大きく、そしてルビも振ってあります。

物語は小学校六年生:永沢三知也の一人称で進みます。
子供の興味を惹くために導入部分に殺人パートを持ってきており、「かつて子どもだった私」としても、興味深く読み始めることが出来ました

怪しげな屋敷の主、登場人物達が持つ「フクザツな事情」、1メートルを超える人形、悪魔…
怪奇小説的な側面も持っているため、全体的に話が暗いです。
館シリーズを求めている読者にとっては、被害者の数も少なく、多少間延びした印象を受けるかもしれません。
物語の結末を含め、非常に好みが別れるところだと思います。

しかし、館シリーズファンの皆様はご安心ください。
作者がシリーズの正当な第八作と位置づけ(P354)ているとおり、謎は本物です

個人的には、子供向けの作品と館シリーズをどのように結びつけるのかを楽しみにしていたのですが、主人公:永沢三知也が古本屋で「迷路館の殺人 鹿谷門実」に出会う、という直球勝負でした!

あなたは謎の形を正しく捉えることができるでしょうか。

総評

読んでよかった度:☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆
講談社ミステリーランドの作者陣が豪華すぎる度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

考察

さすが館シリーズ。しっかりとした謎が仕込まれていました。

密室

綺麗に騙されました!

館シリーズの一冊である、という意識で読んでいたので、人形のリリカはリリカと表記されること(P10)に対して、事件現場でのリリカは「リリカ」と表記されていた(P31)ので、違和感を覚えました(最初は、人形の中に古屋敷俊生が入っている、と思っていましたが…)。

そして「この殺人現場は完全な密室状態にあった」(P38)と明確に記載されていましたので、リリカのふりをした「リリカ」が犯行に及んだのだ。と結論付け、そこで考察を打ち切ってしまいましたが…事はそう簡単ではありませんでした。

密室殺人事件であったのならば「外部から屋敷に侵入した何者かによる犯行」「部屋のヴェランダに庭からあがってきて、逃げたのも同じヴェランダから庭へだろう」とする警察の見解との整合性が取れません(P289-P291)。
警察案を採用するためには、七色のびっくり箱のからくり仕掛けを使い、リリカの部屋と隣の部屋の間にある秘密のドアを開ける必要があります

本作が「密室を作る」のではなく「主人公たちが密室を壊す」作品だったとは…。

悪魔について

事件の真犯人は「悪魔」です。
…そんな訳はないと言いたいところですが、怪奇小説的にはそういった決着になると思います。
この「悪魔」はいつからびっくり館にいたのでしょうか

結論とすると、洞爺丸事故の生き残り、日沼美音が古屋敷家の養女となった際には、既に美音の身体に悪魔がいたと考えられます。

こう考える理由に、中村青司が深く関わってきます…。

中村青司のプレゼント①

館の完成後、中村青司は美音にサティのピアノ曲が入ったレコードをプレゼントしています(P245)。

そのレコードの中にあったであろう曲を美音がよく弾き、息子である俊夫も弾けるようになっています。
「なんだかうす暗くて、奇妙でむずかしそうなテンポとメロディ」「エリック・サティの有名作」(P229)というヒントしかありませんが、おそらく「ジムノペディ」の事だと思います。

しかしがらこの曲。タイトルが特徴的です。

第1番「ゆっくりと苦しみをもって」
第2番「ゆっくりと悲しさをこめて」
第3番「ゆっくりと厳粛に」

中村青司は美音の中の悪魔に、悪魔の好物である「苦しみ」「悲しみ」が入った曲をプレゼントしたのではないでしょうか…

中村青司のプレゼント②

曲の他にも、びっくり館の模型の中に「半透明の緑色をした羽根をした蝶」(P246)を仕込んでいました。(ミニチュアの屋根を開けると蝶が飛び出す。大きさはアゲハチョウの何倍もある)が登場します。

この蝶は、玄関や広間にステンドグラスの蝶にもあり、どの蝶も緑色です(P82)ので、中村青司の意図によるものだといえます。
緑色の蝶とはモルフォ蝶でしょうか?(蝶に詳しい方、ぜひとも情報をください!!)

蝶の種類はともかく、蝶はキリスト教では復活、仏教では輪廻転生、その他にも魂や霊魂の象徴とされています。
悪魔という単語やステンドグラスを使用していることから、中村青司は西洋的な思考を採用していたとすると、「復活」がモチーフと言えると思います。

中村青司は美音の中の悪魔のために館に「復活」をプレゼントしたのではないでしょうか…

中村青司からのプレゼント後

館の仕掛けやプレゼント内容から考えると、中村青司は悪魔の力を増幅させ、悪魔の復活を願っていた、と考えることも可能だと思います。(こじつけ感がありますが…)

中村青司のプレゼントにより、力を増幅させた悪魔は、義理の叔父である古屋敷龍平を誘惑し、自分の次の器である梨里香を出産(年の差27歳!)。そして3年後に次の器候補である俊夫を出産します。
(かつての神学者が研究していたように、悪魔と人間の肉体交渉について密接な関りがあります)

その後、自分の次の器を2つ作った悪魔は美音から梨里香に乗り移ります
「幼いころから少々、変わったところがあってなあ。私や俊夫に対しては、いつも優しい子だったんだがなあ。大人たちを見るまなざしが氷のように冷たいとか…」(P253)という古屋敷龍平の言葉から分かる通り、梨里香の「変わったところ」の顕現は俊夫が産まれてから、ということになります。

その後、美音により倒されたかに思われた悪魔ですが、梨里香の死と共に消滅しておらず、次の器である俊夫に乗り移り、やりたくもない腹話術をさせる(P257)など古屋敷龍平を操り、最終的に事件を起こしてしまったようです…(P348)。

俊夫の抵抗

俊夫はトカゲとヘビをペットとして飼っています。
このペットの名前が特徴的です。ニホントカゲはセラフィム(P112)、カナヘビはケルビム(P90)です。
どちらも天使の名前であり、天使界のヒエラルキー第1位:熾天使セラフィム、第2位、智天使ケルビムです。

古屋敷俊夫が内なる悪魔に対抗するため天使の名前をつけた、というのは考えすぎでしょうか。
(残念ながら天使の名前を冠したペットは「モズのはやにえ」のようになってしまいます(P281))

その他

永沢三知也のプレゼントであったゲームボーイが壊されていた理由が不明です。
現実とゲームの区別がつかない子どもになる(P81)という理由なのであれば、何も壊さなくてもいいはずです。
プレゼントしたゲームボーイは三知也の兄の形見です。悪魔は弱点である「愛」をゲームボーイから感じ、破壊したのではないでしょうか。

…こじつけですね。

鹿谷門実

一九九四年十一月六日(P153)、主人公は鹿谷門実と出会っています。(黒猫館は一九九〇年七月、奇面館一九九四年四月です。奇面館から僅か七カ月後。鹿谷門実、館に縁がありますね…)

この時点で鹿谷門実は四十五歳、俊夫は鹿谷門実を見た際「年齢はたぶん、父と同じくらいだろう」(P158)としています。俊夫の父は四十すぎ(P71)ですので、見た目の印象は合っています

二人乗りの青いオープンカー(P154)も、時計館の殺人で登場した鹿谷門実の愛車:フォルクス・ワーゲン・ゴルフだと思われます。

しかしながら、「不吉なんだよ、その建築家が手がけた建物は」(P164)というセリフや、初めて会った小学生に殺人事件の詳細を話すこと(P165)は、私が感じている鹿谷門実の人物像とは少しずれる気がします
「迷路館の殺人」の著者近影を見て鹿谷門実と出会った場面を思い出しているので、顔は似ているのでしょうが、中身は別人という可能性が捨てきれません(この辺り「奇面館の殺人」に繋がっている部分があるのかもしれません)。

主人公はボッチ公園で鹿谷門実と出会わなければ「迷路館の殺人」を手に取ったとしても何も思わず、平穏に人生を過ごしていたでしょう。
古屋敷俊夫の中にいた悪魔が、館に執着がある鹿谷門実の行動を操り主人公の前に姿を出させた、言わば悪魔が主人公に仕掛けた時限爆弾だったのではないでしょうか。

…怪奇小説ですので、オカルトめいた考察になってしまいました。


館シリーズにおいては全ての伏線に意味があります。しかしながら本作では、
・古屋敷龍平が何故俊夫の部屋のドアを水色に、リリカの部屋のドアをピンクに塗った理由
・急に辞めたお手伝いさん
・老主人の機嫌が切り替わるタイミング

等々の伏線に説明がないまま物語が終了しています。怪奇小説なので怪奇を演出する伏線、ということなのでしょうか。

しかしながら、密室トリックの真相を覆い隠すために怪奇小説的な雰囲気を利用したと捉えると、その試みは大成功していると思います。

綾辻行人さんの館シリーズ第一作:十角館の殺人の感想はこちらです。