SF新本格ミステリーの最高傑作! 七回死んだ男 感想と考察【ネタバレあり】

感想
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1995年10月に講談社ノベルスから発行された、西澤保彦(にしざわやすひこ)さんの第三作目の小説です。
この作品は、第49回日本推理作家協会賞(長編部門)の候補に挙がっています。(賞を受賞できなかったということは、この作品がSFなのか、推理小説なのか、審査員の皆さんが悩んだからなのだと思います)

ただ作者自身は、文庫版あとがき(P345)の中で、
・私は、ことあるごとに、自分が書いているものはSFではない、本格ミステリだと強調している。
と書いています。

しかし一方で、
SF新本格とは本質的に”変化球だ”
・ひとりの作家が生涯において一作か、二作、とにかくここぞという時にものにしてこそ”変化球”としてのアクセントもつくし、また存在価値も出てくる
とも書いています。

何はともあれ「SF新本格ミステリー」と呼ばれるジャンルを創り上げた功績は素晴らしいものであり、本作は西澤保彦さんの代表作のうちの一つだと思います。

※今後出てくる作品のページ数は「講談社文庫」のページ数です。

あらすじ

どうしても殺人が防げない!?不思議な時間の「反復落し穴」で、甦る度に、また殺されてしまう。渕上零治郎老人―。
「落し穴」を唯一人認識できる孫の久太郎少年は、祖父を救うためにあらゆる手を尽くす。孤軍奮闘の末、少年探偵が思いついた解決策とは。時空の不条理を核にした、本格長編パズラー。

※このあらすじは講談社文庫の背表紙から引用しています。

正直なところ、この本を読み始める際、「時空の不条理を核にした、本格長編パズラー」という文字が躍っているのを見て、『時空の不条理?推理小説に何の関係が?面白くなさそうだな…』と思い、あまり期待せずに読み始めました。
もちろんいい意味で裏切られました。とても面白いです。

感想

「主人公は設定を説明する」(P15-P34)において、主人公の能力が説明されます。

今作の主人公の特殊能力は
・同じ一日を9回繰り返してしまう
というものです。

何故そういう能力があるのか、といったことは一切説明されません。
夢魔の牢獄の感想でも書きましたが、読者もそういうものとして読み進めて問題ありません。
(主人公は、自身の能力について『「能力」ではなく「体質」どちらかといえば「疾病」に近い。』と言ってる(P33)ことが面白いです)

時間をループする主人公が祖父の死を食い止めようと奮闘する…
設定だけ聞くとトンデモミステリとしか思えません。
しかしながら、非常に緻密に論理的に組み立てられた作品であり、SF展開において、しっかりと読者が謎解きを楽しめる稀有な小説だと思います。

また、主人公以外にも様々な人物が登場しますが、人物ごとに個性がしっかり書かれており人物像を把握することに集中力を使わない分、物語がスッと頭の中に入ってきます。

分かりやすいヒントがあちこちにちりばめられていますので、これから読む方は100点満点の解答を目指してじっくりと読むことをオススメします。
(私はまんまと騙されました…)

変化球的推理小説に抵抗がある人に読ませてみたい一冊です。

総評

読んでよかった度:☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆☆
漫画やドラマにしても面白そう度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

考察

謎を見抜くヒント

主人公が「奇妙な違和感を覚え」「ますます重要なことであったような気がして焦った」と思っている部分(P127)があり、勘の良い人はここで謎の本質を掴むことが可能です。
(ただ、この時点で謎が解ける人は、西澤保彦さんの本を読み慣れている人だと思います。読み慣れていない人は、「設定に噓があるんじゃないか」と考えてしまうからです)

その後も、遺言状を書いていないことを知った日付(P166)、主人公が寝た時間(P167)、祖父の日記の日付(P187)、祖父はボケが始まっている(P253)、主人公の二日酔いを皆が心配していること、祖父が倒れて意識を失ったことがあることなどなど、ヒントはたくさん出てきます。

特に祖父の突然死(P273)以降は、登場人物全員の思考方法と動機を分かりやすく説明しています。

P127で提示された謎は「宗像さんはどこにいるのだ?」と分かりやすく解説されており(P297)、ここまで読めば「ループしている日が一日ずれている」と気付くことは容易だと思います。

しかし、ループしている日が一日ずれていることに気付いたとしても、同じ一日を「9回」繰り返していない、という謎を解くことが出来ません。

謎への考察

遡っている日を誤認していることは分かりましたが、1日ずれる謎だけはどうしても分かりませんでした。

「主人公は設定を説明する」(P15-P34)の部分を信じ切れていなかったので、「1日分のずれは、祖父にその能力が分け与えられている!だから、祖父は全く同じことを何度も言うのだ!!」…などど思っていましたが、真相を読んでがっくり。

キューちゃんが階段から落ちて死んでいた!?夢の中でぼんやりとそのことを覚えていた(P156)!?
これは強引すぎる!!!

…と思っていましたが。

時間をループする中で、祖父が1回だけ「階段から落ちる」という通常とは違う死に方をしています(P261)。

これは、反復落とし穴が「階段から落ちて人が死ぬ」ということを記憶していたからだ、と言えるのではないでしょうか。
(「反復現象は基本的にオリジナル周に可能な限り忠実であろうとする」とは書かれています(P102)が、主人公が階段から落ちていたのはもちろんオリジナル周ではないので、設定に書かれていない!と言われればそれまでですが。)

ループしている日を誤認させる巧みさとして、お酒・トレーナー&ちゃんちゃんこという服装・祖父の認知症など、様々な要素が出てきますが、一番の要素は物語の構成だと思います。

物語の冒頭の事件の説明で「今日この日。一月二日。」と書かれている(P12)ため、読者の脳に「事件の発生日=一月二日」と自然に刷り込まれます。
その後、主人公の能力の説明があるので、「事件の発生日=一月二日=ループしている日」という誤認がさらに強まります。
見事に騙されてしまいました。

また、「遺言状を書かれていないまま死亡されては困る」という動機を全員が持っているため、全員胡蝶蘭の花瓶を使った偽装する必然性があります。
全員に動機があるという点も、うまい目くらましになっていると思います。

この作品は完成度が高すぎて、ツッコミどころがありません。
質の高いSF新本格ミステリーが読みたい方は、「7回死んだ男」がおすすめです!