フラクタルが織りなす事件! 五覚堂の殺人~Burnig Ship~【感想と考察】

感想
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2014年2月に講談社ノベルスから発行された、周木律(しゅうきりつ)さんの堂シリーズ第三作目「五覚堂の殺人~Burning Ship~」の感想です。

堂シリーズ第二作目「双孔堂の殺人~Double Torus~」からわずか半年後に発行されています…!
眼球堂・双孔堂は素晴らしい作品でしたので、今作も期待して読み始めてみました。


※総評(ネタバレ前)以後、ネタバレがあります!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

放浪の数学者十和田只人は、超越者善知鳥神(うとうかみ)に導かれ、雪の残る東北山中の館ー五覚堂(ごかくどう)へと足を運んだ。
そこで神に見せられたビデオテープには、ごく最近、五覚堂で起きたと思われる、哲学者を父に持つ一族の遺産相続に纏わる、連続密室殺人事件の一部始終が!
だが、五覚堂は事件の痕跡が拭い去られている…。消失した事件の解とは!?加速するシリーズ第三弾!!

感想

満足のいく本でした。

今回も密室!館!不可能犯罪!です。
メインの建物が五角形、それに隣接する建物も五角形、その建物に隣接する建物も五角形…それが今回の館:五覚堂です。
(五角形の建物の中にあることにより、トイレが三角形です!事件には全く関係がないのですが、三角形の角がどうなっているのかが気になりました…)
そして、前作までと決定的に違う部分はあらすじでも書きましたが「探偵は、ビデオテープにある映像を通して事件を見る」という点です(…VHS!時代を感じる代物ですね!)。
事件はビデオテープの映像の中で起き、その映像を元に様々な推理を行う必要があります。作中作:映像ver.ですね。

本作の特徴としては、図が大量に登場します。
ヒルベルト・カーヴ(P14)、バーニング・シップ(P16)、シェルピンスキー・ガスケット(P21)、エッシャーの『天国と地獄』(P138)、メンガーのスポンジ(P185)、コッホ曲線(P185)、マンデルブロ集合(P186)…
「バッハ・フーガの技法」「シマノフスキ・ピアノソナタ第2番」の楽譜も(P75)。
もちろん、五覚堂の見取り図、事件現場の様々な図、密室となっていた部屋の鍵の図など読者を楽しませ悩ませる図もあります。
これらの図がどう事件に影響を与えるのか、しっかりと見抜く必要があります。

そしてさらに。
本作では、謎の出題者から
「五覚堂。この建物は『回転』します」
というとんでもないネタバレがあります!(P24)
物語の探偵及び読者は、この条件を念頭に入れて事件の謎を解いていくことになりますので、非常に頭を使います。

非常に頭を悩ませる本作の救いは、登場人物全員の名前が書かれた「読者のための覚え書き①」(P86)を作者が用意してくれていることです。登場人物の名前を覚えるのが苦手な私にとって、これは非常に助かります…。

携帯電話の普及によりクローズドサークルを作ることが難しい現代ですが、本作では億単位の遺産を絡めてクローズドサークルを作っている点が面白かったです(詳細は読んでみてください!)。
前作までとはまた違った仕掛けがあり、シリーズを追いかけている読者を飽きさせません!

そして、五覚堂から読み始めても問題ありませんが、全ての伏線を回収するためには、第一作:眼球堂の殺人第二作:双孔堂の殺人を読む必要があると思います。第一作・第二作もオススメですので、ぜひ読んでみてください。
また、堂シリーズ未読の方には独断と偏見でまとめた堂シリーズランキングがおすすめです。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆
フラクタル図形に興味を惹かれる度:☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

総評(ネタバレ後)

序盤から作者は読者に仕掛けを試みます。P22の部分に

神「実は、少し前まである事件が起きていました」
十「ある事件?どこで?」
神「ここで」
十「五覚堂でか」
神「はい。(略)」

というやり取りがあるのですが、「少し前まで」と「五覚堂で」のどちらにも嘘がないことが実に巧妙だと思います(どの程度「少し」なのかが事件の鍵を握るのですが)。

さて、十和田先生と善知鳥神がいる五覚堂と、事件が起こっている五覚堂とが同じ五覚堂ではないということは懐中電灯の描写(P20,P78)で分かります(時系列が大幅にずれていれば、神や第三者が懐中電灯を修理した可能性もありましたが)。
となると考えられるのは、時間軸が違うか、五覚堂が複数あるか、のどちらかです。
そこからは、太陽の当たり具合、季節の描写や時間の描写などを細かく読みましたが謎は解けず。
さらに、宮司警視正が登場するシーンの季節や時間の描写を読み込むが謎は解けず。

十和田先生が善知鳥神に「この館は何かの東北方向に位置しているのか?」と聞くシーンがあり(P17)、これはヒントだ!と思っていたのですが、そうではなく。
(因みにこれは目編が消えた「艮」を「うしとら」と読んだことによるミスリードでした…(P273))

また、「建物が回転する」というヒントを出されながらも、どこがどう回転するのか検討もつきませんでした…
建物のラップ音を回転に結び付けることは難しかったですね…

建物の謎は全く分からなかったのですが、悟さんが盲目であるということに関しては、序盤からこれでもかというくらいヒントが出ていました
また、悟さんが特徴的な三角形の眉を持ち(P30)、辻さんが三角形の白い眉を持っている(P40)こと、悟さんが親族にそれほど愛着を持っていない描写が多いことから、辻さんと悟さんの親子関係も推察出来ました。
(絆創膏の地方独特の呼び方「傷絆(きずばん)」で同郷の可能性を指摘することはちょっと苦しい気がします。文脈で伝わった百合子さんも富山地方出身ということになるのでは?)

百合子「…『耳』?」(P30)と「(略)その入り口らしき扉の横に書かれた、漢字一文字。」(193)とが頭の中で繋がった時は、ものすごく嬉しかったです。

(読み返したときに気付きましたが、
神「(略)なぜ人間の感覚が五つあるのか」
十「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五覚か(中略)『五角形』で構成された『五覚堂』なのだということか」(P82)
物語の本筋そのものの会話をしていますね)

また、

十「だが、事件は起こる」
神「はい」
十「いつ?」
「この日の深夜です」
(中略)
神「では、時間を進めましょう。第一の事件が起こった、まさにその直後の大広間に」

大広間。
時計が六時を示している。
外はぼんやりと明るく(略)

というミスリードにまんまとひっかかりました(P82-P83)。
この文脈であれば、「事件が起こったのは深夜。そして翌朝の6時に発見された」と思います。
十和田先生は事件が起こったことを聞き、神は「(第二の事件が起こったのは)この日の深夜です」という答え方をしています。神は嘘は言っていません。
十和田先生、質問の定義が曖昧でしたね…

ちなみにこのミスリードを成立させるのためには、事件発覚時間を統一させなければいけません。
その仕掛けとして、「志田家の使用人:鬼丸さんは朝夕深夜屋敷に異常がないか見回りをすること(P97)」を用いていることが上手いなと思いました。

コンクリートのたわみを利用しスリットの幅を広げたこと・隠された五覚堂の位置・そして五覚堂を使った集光による温度上昇・まるでドラマのような犯人の最後など、謎解きシーンはジェットコースターのようでした。
(正直なところ、「本当にコンクリートがたわむのか…?」と思ってしまいましたが、作者が建築学科の方ですので、本当にたわむのでしょう)

今回のアナグラムですが、まさか志田幾朗の最初の論文集その序文に謎が二つも仕掛けられているとは…!
てっきり志田幾朗の異常性を示すためのものだと思っていたので、ノーマークでしたね…

そして、第一の密室を成立させた太陽の光を集めて気温を上げたトリックについては、非常に疑問が残ります。
このトリックを用いるには、気温・そして天気を操らなければいけないからです。
季節外れの大寒波が来たら?
当日が曇りだったら?
神が仕掛けたににしては天候任せの部分が多い気がします。
氷に熱を与えるだけですので様々な手段が使えると思うので、密室そのものは出来たと思うのですが、太陽トリックを採用したのはいささか技巧に走り過ぎているような気がします。

何なら、小礼拝堂についても何となく回転できそうな気がしますので、その時間フリーであった神がこそこそと熱源を回収することも出来たでしょうが…神の品格が落ちますね。

心情的に納得がいかない点が二つ
一つ目は、匿名の電話のタレコミについて「守秘義務」という単語を用いて詳細を話さない宮司警視正が、個人情報が山ほど詰まった志田家家政婦殺害事件の書類を十和田先生に投げ渡しています…(P200)
投げ渡したのはビデオテープを見る前ですので、まだ五覚堂の内部と志田家との関連性が全く分かっていない時です。
せめて、一本目のビデオテープを見る→志田家が関わっている→百合子を助けるためには十和田にもこの書類を読んでもらっていた方がいい、等の描写ならば理解できるのですが…

二つ目は、小山内亜美さんが宮司百合子さんの前で猫をかぶるのをやめたシーン(P70-P72)がありましたが、たかが三十時間程一緒にいるだけなのだから、猫をかぶり続けていた方がいいと思います。百合子さんが大人さんに告げ口する可能性もあるわけですから。
物語的にも猫をかぶらなかったから何か生まれたかと言えばあまりそうでもない気がします(ライターを含む熱源が五覚堂内にないことをこの部分で描きたかった?)。

そして、これまで宮司警視正と宮司百合子の関係性を匂わす描写はありましたが、第三作目にして神が宮司警視正に対して「天涯孤独」という表現を使いました(P190)。
これにより、宮司警視正と宮司百合子に血縁関係がないことが判明しました。
「神」が言うのですから間違いないでしょう。

第三作である本作は、五覚堂の仕掛けもですが、時間の誤認の仕掛けがとても印象的でした。誤認のタネが太陽の角度だけでなく、時計などを絡めることで様々な可能性を考える必要があったのでとても悩ませられました。
読者の頭脳を粉々に砕く仕掛けがある素敵な作品でした!


いわゆる本格推理小説がお好きな方へのオススメは、「第一作:眼球堂の殺人」です。興味がある方はぜひご覧ください。
堂シリーズ第四作目:伽藍堂の殺人~Banach-Tarski Paradox~の感想はこちらです。