あなたは難易度レベルSが解けるか!? 鏡面堂の殺人~Theory of Relativity~【感想と考察】

感想
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2018年12月に講談社文庫から発行された、周木律(しゅうきりつ)さんの堂シリーズ第六作目「鏡面堂の殺人~Theory of Relativity~」の感想です。

堂シリーズもついに六作目。
第五作:教会堂の殺人が惨憺たる内容だっただけに、堂シリーズを途中で投げ出そうかと思いましたが、堂シリーズの結末が気になるため読み始めてみました。


※総評(ネタバレ前)以後、ネタバレがあります!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社文庫」のページ数です。

あらすじ

異形の建築家が手がけた初めての館、鏡面堂
すべての館の原型(ルーツ)たる建物を訪れた百合子に、ある手記が手渡される。そこには、かつてここで起きたふたつの惨劇が記されていた。
無明の闇に閉ざされた密室消えた凶器。館に張り巡らされた罠とWHO(誰が)、WHY(なぜ)、HOW(どのように)の謎。原点の殺人は最後の事件と繋がっていく!

感想

かなり満足のいく本でした。

第五作の衝撃が終わり方だっただけに、どのように物語を始めるのかが気になっていましたが、作品冒頭は…だらだらとしたシーンの連続でした。
「これは第五作目と同じタイプか…」と思っていたのですが、そこからはかなりの巻き返しがあります。

本作は密室!館!不可能犯罪!であり、たくさんの魅力があります。

まず館が魅力的です!
本作の館は、第二作で登場した双孔堂・第五作で登場した教会堂があるX県の山奥にあり、高さ30m・幅最大100m弱の楕円形のドーム状の建物です。
建物内の部屋は全て正方形!
さらに、ほとんどの部屋は屋根がなく、上を見ると鏡面堂の屋根が見える、という奇妙・奇抜さです。
さらにさらに、鏡面堂の屋根は内も外も全て鏡になっています。まさしく鏡面堂…!

そして本作の最大の魅力は「作中作」です!!
作中作の舞台は、二十六年前に鏡面堂で起こった事件!
さらにその作中作に登場する事件では、密室殺人!消えた凶器!というミステリファンを楽しませてくれる様々な仕掛けが登場します!
作中作+過去の事件と現代との繋がり等々、読者をどのように騙すのか非常に考えながら読むことが出来ます!!

作中作内の事件が終わり、解決編に行く直前に
「問題は三つある。難易度レベルはA、B、C。それぞれが均等に混ざりあっている。そして、そのどの解もすでに明白になっている」(P368)
「難易度レベルSの未解決問題。それが、事件全体を大きく包みながら、かつ、根本と深いかかわりを見せている」(P369)
というセリフが出てきます。
これは…読者への挑戦状!!
(ちなみに難易度Cはハウ、難易度Bはホワイ、難易度Aはフーです)

魅力を詰め込む量から、本作への周木律さんの気合がうかがえます!
解決編で提示されたトリックに疑問点がないわけではないですが、全体的に興味深く読み進めることが出来る作品でした。

ハウについては本作を読むことだけで解くことが出来ます。(かなり難解ですが)
しかし、ホワイ・フー、そして難易度Sの問題を正しく認識し解答するためには、第一作:眼球堂の殺人第二作:双孔堂の殺人第三作:五覚堂の殺人第四作:伽藍堂の殺人第五作:教会堂の殺人を読む必要があります。
物語、そして謎を100%楽しみたいのであれば、第一作~第五作まで読んだ方がいいと思います。

第一作:眼球堂の殺人は非常にオススメですので、未読の方はぜひ読んでみてください。

総評(ネタバレ前)

読んでよかった度:☆☆☆
また読みたい度:☆☆
表紙のイラストが本編と全く関係ないことが気になる度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

総評(ネタバレ後)

各種考察を行っていきたいと思います。

まずは難易度Cのハウからです。
一言でハウとはいえ、様々な要素が複雑に絡み合っていました。
①一体、どこからどうやってボウガンを撃ったのか?
②暗闇かつスコープが使えない状況で、どうやって正確に久須川を撃ち抜いたのか?
③久須川を殺害したボウガンの矢じり・村岡を殺害した凶器はどこにあるのか?
④久須川が死んでいた部屋Aはなぜ密室となっていたのか。そして、なぜそんな場所に久須川はいたのか?
百合子ちゃんはこの4つをハウの要素として定義しています。

一番簡単な難易度Cのはずですが、私は全くわかりませんでした…
・部屋に屋根がないため、壁の高さである3.5mを超える脚立を用意し、それに上り壁の上から狙撃
銃で射殺後、凶器をボウガンだと思わわせるため身体にボウガンの矢を通す
などなど考えましたが、納得いくものは一つも思いつきませんでした。
(ボウガンについての記述があまりなく、犯行にボウガンが使われたことが間違いないとは思ったのですが、矢じりの謎が全く分かりませんでした…)

今回の謎の鍵を握るのは…ガリウムでした。
原子番号31番。元素記号はGa。金属でありながら、人の手の温度(正確な融点は29.76℃)で溶解する、という特殊な性質を持つ金属です。
固体のガリウムを溶かし矢じりの形としボウガンで射撃。密室を開けたどさくさに紛れてガリウムを回収。まさに消えた凶器ですね!

しかし、疑問点として残るのもやはりガリウムです。
百合子ちゃんが小銭を床にばらまくシーンですが、床に落ちてすぐ小銭を拾っています(P64)。
そしてその後、落とした小銭(一円玉=アルミニウム)がぼろぼろに崩れます(P374)。
固体のガリウムと一瞬触れただけで(その後時間は経ったとはいえ)アルミニウムを腐食させるのでしょうか?
ガリウムの融点は29.76℃なので、百合子ちゃんが小銭をばらまいた時、外気温が極端に暑いのならばガリウムが液体になっておりガリウムが一円玉に付着していた可能性はありますが、季節は春なのでその可能性も低いです。
ヒントの出し方としてベストアイテムは、村岡さんが持っていた有次の出刃包丁(P240)。
毛利署長に「事件後、押収していたが金属の証拠品が不自然な壊れ方するなど、不可解なことが起こりました」
…とでも言ってもらえれば、良かったのではないでしょうか?

また、
「(中略)ガリウムの矢じりも、久須川さんの死体の熱で床に溶け落ちています。犯人は、死体発見時、皆が死体を確認した際の混乱の中でひそかにそれを拾って回収すると(後略)」(P399)
という点にも疑問が残ります。
ガリウムの融点は29.76℃。そして、ボウガンの矢は背中から飛び出しています(P225)。
・死体からの放射熱が29.76℃以上あるのか?
・ガリウムが床に溶け落ちていたとしても、液体状の物が床に落ちて固体化した場合、「ひそかに拾うこと」が出来るのか?
放射熱によりガリウムが液体化して床に流れ落ちたとしても、冷えたガリウムは床と結合するのではないでしょうか?
鏡面堂内の温度を上げてガリウムを溶かすことも可能だとは思うのですが、やはり床に流れ落ちたガリウムをうまく短時間で回収する方法が思いつきません。
「真犯人が不自然に部屋Aに長居する」「誰かに『床の市松模様の一部分が全て鏡面になっている気がしたのだが』と語ってもらう」などすれば、読者に分かりやすいヒントだったかと思います。

鏡面堂内の回転による射線の確保、スワンのランプによる光の焦点を利用したトリックは脱帽でした。
堂シリーズを長く読み続けている身としては、「回転」は思いつかなければいけなかったですね。
(強いて言えば、スワンのランプが鏡面堂の天井に届くほどの光量を持っていたのかどうかです。部屋の中でスワンランプを点ける描写はないのですが、単一電池4つで動くランプ(P59)がそれほど明るいのかには疑問が残ります)

次に難易度Bのホワイです。
これは、沼四郎による狂言殺人計画を利用し、宮司潔が藤天皇の依頼により実際に事件を起こした、ということが事件の真相であるということです。

手記の書き手こと宮司潔は、屋敷の中を嗅ぎまわっていた描写がありますから、ガリウムの仕掛け・屋敷が回転することに気付けていた可能性はあります。
作中作内ではこの事件後、宮司潔は藤天皇に心酔した描写がありますが、宮司潔は最初から藤天皇スパイであった可能性もありますね。
何にせよ、協力者や鏡面堂の管理人に数学者を配置し、狂言の殺人ゲームを計画するあたり、沼四郎は藤天皇に挑戦するにはまだまだ早かった、ということでしょうか。

次に難易度Aのフーです。
堂シリーズおなじみのアナグラムが登場し、そしてそれが犯人の自供及び特定に繋がっていることは嬉しかったです。

作中では全く言及されていませんが、作中作の書き手が「十和田先生パパ」であるというミスリードがあります。
(本人が数学者、本人が変わり者、息子が少し変わったところもあるなど)
しかし、事件の調書を読んでいる百合子ちゃんが「三文字のお名前も二人あるようですけれど」(P82)
と言っているとおり、鏡面堂にいる人物の苗字が「十和田」である場合、名前を含めるとどうしても四文字以上になってしまいますので、残念ながら十和田先生パパが登場することはありませんでした。

次に難易度Sについてですが、これは読者のためというよりも、物語を進めるための謎だったので、これが謎だと認識することは難しいです。
そして、どんな時も殺人という手段をとった段階でエレガントさには欠けるものです。

ちなみにですが、作中で凶器とされているボウガン。
これは株式会社ボウガンの商標名で、正式名称は「クロスボウ」です。
百合子ちゃんが「ボウガン」と言うだけなら問題がないのですが、神も「ボウガン」と言っています(P409)。
ちなみに本作も、神は小難しいことを言う&微笑んでいるだけで、謎に悩んでいる百合子ちゃんにヒントの一つも出していませんでした。
いよいよホントのようですね、善知鳥神:凡人説…!

さて、本作の難易度Bホワイに対する百合子ちゃんの解答は、ある意味で想像でしかないです。
しかし、読者は「沼四郎は劣等感の塊で、神を奪われることを恐れて藤天皇に殺人ゲーム挑んだ」ということをすんなりと受け入れています。

それは、最後の「付記 沼四郎」による作用です。
では、この付記は誰が書いたかのでしょうか?

「自殺という最期を遂げた狂人」(P452)→眼球堂の事件後に書かれている
「宮司潔の手記にもあるとおり」(P453)→手記を書いたのが宮司潔と知っている人物。十和田先生or神or百合子or藤天皇
「私と、私たちと、彼と、彼らと」(P453)→彼女、という表現がないので書いたのは女性。神or百合子
二人のうちどちらかには絞りきれません。
「『真実』の」(P454)という真実に特別な重みをのせた描写になっていることから、眼球堂の殺人を書いた人物かとも思いましたが特定には至らず…
堂シリーズ最終章となる「大聖堂の殺人事件」についての描写があるので、それを読めば、どちらが書いたのか確定するのだと思います。

「沼四郎という男の通底に流れているもの。一言でいうならば、それは劣等感である。」(P454)
「対抗手段を失った沼は、やがて、最後の手段に打って出ることにした。それが鏡面堂だった。(中略)目的はただひとつ。殺人事件を起こすためだ。」(P459)
「喪失感と、罪悪感ーーそして劣等感。(中略)彼がその後なぜあれほどの『狂気』に苛まれたかが解る。」(P461-P462)

これほど沼四郎を定義している文章の書き手が不明であることは、読者にとっても、そして沼四郎にとっても不完全燃焼さが残るのではないでしょうか。
この付記が藤天皇によるものであれば、沼四郎を貶める作用としてはとても効果的なものであったと言えると思います。
もしくは、大聖堂の殺人のセールスのために書かれた文章だとすると、周木律さんも恐ろしい人物であると言えるでしょう。

第五作:教会堂の殺人が満足のいく内容でなかったですが、第六作:鏡面堂の殺人は楽しく読むことが出来ました。
第七作:大聖堂の殺人もしっかりと読み、この物語の決着の付け方を見させてもらおうと思います!

いわゆる本格推理小説がお好きな方へのオススメは、「第一作:眼球堂の殺人」です。興味がある方はぜひご覧ください。

堂シリーズ最終作:大聖堂の殺人~The Books~の感想はこちらです。