全ての謎は論理的に解くことが可能! 黒猫館の殺人 感想と考察【ネタバレあり】

感想
スポンサーリンク

1992年4月に講談社ノベルスから発行された、綾辻行人(あやつじゆきと)さん著の推理小説です。
日本のミステリー界に大きな影響を与え、新本格ブームを巻き起こしたとされる作品であり、「館シリーズ」の第六作!!

※今後出てくる作品のページ数は「講談社ノベルス」のページ数です。

あらすじ

自分が何者なのか調べてほしい。記憶を失った老人の依頼が推理作家鹿谷門実のもとに舞い込んだ。唯一の手がかりは彼が自ら書いたと思われる「手記」。そこには「黒猫館」で彼が遭遇した奇怪な事件の顛末が綴られていた。舞台は東京から札幌、阿寒へ……。探求の果てに明らかとなる世界が揺らぐような真実とは!?

※このあらすじは講談社ノベルスの背表紙から引用しています。
講談社ノベルスの背表紙と言えば壮大な煽り文句が書かれていることが多いはずですが、今回は控えめです。
「舞台は東京から札幌、阿寒へ…」の文字だけ見ると西村京太郎トラベルミステリーなのかと思ってしまいます。

感想

非常に面白いです!!!

第3作「迷路館の殺人」ぶりの作中作です。
そしていつものように、と言えば失礼ですが、やはり作中作の中で殺人事件が起きます。
殺人事件の謎を解くために鹿谷門実が奮闘!という訳ではなく、手記を書いた人物の記憶を取り戻すためのアイテムとして作中作(手記)が登場する、という一風変わった展開です。

手記の中の殺人事件は約1年前に起きているため「手記に書かれている登場人物は実在するのか?」「手記に書かれている『黒猫館』は実在するのか?」などの謎を解くため、館シリーズ名探偵:鹿谷門実とワトソン役:江南孝明が東京から札幌、そして阿寒へ…とかなりの距離を移動し、様々な人物に会いながら、事件解決のためのピースを集めていきます。

館の中に閉じ込められることが多い館シリーズの中において、本作は異例ともいえる移動距離です。(前作で大変な目にあった江南に対して島田潔が気を遣い、慰安旅行代わりだった…訳ではないですね。江南は北海道の美味しい物を食べ損ねています(P156))

手記の中で起こる殺人事件の犯人は誰なのか?ということもテーマの一つなのですが、謎の核となる部分は

・黒猫館はどこにあるのか(P83)

の一点に尽きます。
この「どこに」という部分を細部まで詰めて考え抜くことが出来れば、「黒猫館の殺人」を攻略したと言っても過言ではないでしょう。
ちなみに「黒猫館はどこにあるのか」の謎を解くための最大の手掛かりは手記なのですが、違和感を感じるシーンが多々あるはずなので、注意深く読み込むことをオススメします

そして、本作は非常にフェアな作品であり、作品で登場する全ての謎(例えば「どうして鮎田が今年の二月になって、このノート(手記)を持って東京へ出てきたのか」(P87)等)に対して情報が提示され、論理的に謎を解くことが出来ます。
まだ未読の方は「推理小説だからこんな展開なんだろうな」とは考えず、謎を論理的に解こうと思って読み進めると、より本作を楽しめるはずです。

また、個人的には本作「黒猫館の殺人」は館シリーズの中で一番難易度が低いと思っています。
「登場人物が少ない」「本が分厚くない」という消極的な理由…だけではなく「推理小説ファンであれば想像がつく部分が複数ある」という部分があることです。(もちろん「想像」だけではなく、「論理」で解くことに価値がありますが)

100点満点の解答を作るためには多少の知識を要する部分はありますが、古来から名探偵は博識でなければなりませんので、読者が名探偵足り得るか試されてもいます。
あなたは綾辻行人が仕掛けた伏線にどれほど言及できるでしょうか。

※ちなみに意味ありげに登場する「どじすん」という単語(P99)の言葉の意味が分からくても、謎を解くことは可能ですのでご安心ください。

総評

読んでよかった度:☆☆☆☆☆
また読みたい度:☆☆☆
漫画化したら面白そう度:☆☆☆☆☆

※以下ネタバレがあります!!

素人探偵の謎への迫り方

P223以後の謎解きシーンは圧巻の一言です。
これほどのネタを仕込んでいたとは…!!

黒猫館はどこにあるのか

館が2つある、という謎は簡単に解けると思います。
というよりも、館が2つないと説明できないことが多すぎるからです。

私の中での一番の違和感はクスリを使用し錯乱した木之内に関する描写です。
「彼は地面に深く埋もれるようにして倒れ伏し、両手両足をばたばたと動かしていた」(P139)
→いくら錯乱していたとしても「地面に深く埋もれる」ほど倒れ伏したなら、それが原因で怪我をしそうなものです。

そしてその後の氷川のセリフが違和感たっぷりです。
「毛布と熱いお湯を用意して戴けますか。すっかり身体が冷えている」(P140)
→季節は真夏。いくら夜とはいえ屋外に少し出ただけで「すっかり身体が冷えている」という描写はさすがに変です。

ということは、何かしらの理由で黒猫館の周りは寒く、周囲には雪が降っていた。木之内が地面に埋もれているのは雪に埋もれているからだ、と考えるのが自然だと思います。

この考察により、椿本レナ事件の密室の謎は簡単に解くことが出来ます。
屍人荘の殺人」で葉村が行った密室トリックの可能性の排除(P197~)を鮎田が行っていること、そして作者が冷蔵庫を壊すこと(P142)がヒントとなり、ある意味でとても原始的な方法である「雪」によるトリック以外の可能性が考えられなくなりました(「読者の眼には見えない雪」ですが)。

では黒猫館は実際にどこにあるのか、を考えた際「頭の中で回転する、赤と青の透明な光」(P110)から「アメリカだ!!」と早合点した自分が恥ずかしいです…
北半球にあるアメリカですから、8月に雪が降り積もっていることは考えにくいはずです。
「黒猫館がアメリカにあることを隠すため、手記に書かれた日付を誤魔化したんだ!」と勝手に解釈した自分が情けないです(これは「作中作」ではなく、「手記」なのですから、日付を誤魔化す必要性がないことは簡単に分かるはずなのに…)。

まさか南半球、オーストラリアはタスマニアだったとは…
(「天羽元助教授がオーストラリアのタスマニア大学にいた」(P163)というしっかりとした伏線があります。これは気付きたかった…!)
警察を呼ぼうとする際に「0」を押しかけていることからも気付きたかったですが、知識が足りませんでした…

ただ私は「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」を良く知らなかったため、「白兎館」だとは想像もつかず、黒猫館の対だから単に「白猫館」だと思っていました。

どうして鮎田は今年の二月になって、手記を持って東京へ出てきたのか

島田がP87で感じている疑問です。これについては全く分かりませんでした。

・去年の暮れに、風間裕己は事故で死んでいる(P150)→館を氷川の母が相続し、取り壊す意向を示す
・氷川の母は口と耳が不自由(P152)
→事情を電話で話すことが出来ない
・鮎田の利き手が使えない(P50)→手紙が書けない

手記を持って東京へ…!

通常の小説であれば、人物に深みを持たせるために人物の描写をしますが、館シリーズの人物描写は全て謎に直結します。無駄な描写が一切ないことに何度も驚かされます…!

「氷川の母が館を取り壊す意向を示した」ことについては、想像力がなければ思いつかないと思いますが、思いついても良かったです(風間裕己の事故について「去年の暮れ」と表現していることが心憎いです)。

鮎田冬馬=天羽辰也であることについては、堂シリーズで鍛えられた私にとっては、すぐにピンとくるものでした。
しかも、黒猫館の絵に入れられた天羽辰也のサイン(AMO)という分かりやすいヒントがあったことも幸いでした(冒頭の主な登場人物では、天羽辰也の年齢が記載されていませんが、天羽元助教授は「生死不明」であるため、年齢の記載が出来なくて当然、と言えると思います)

しかしながら、全内蔵逆位症における描写は全く意識せずに読み飛ばしてしまっていました。
さすが館シリーズです…!!

その他

個人的に残念な点が1点。「椿本レナ」です。
経緯はどうあれ、この事件の被害者の一人です。このままの幕引きだと、椿本レナの家族が救われない結果となってしまいます。
罪を憎んで人を憎まずの鹿谷門実ですが、鮎田に対して「椿本レナの消息を椿本レナの家族に伝えてくれ」と言い含めて欲しかったですね…

最後に

本作を読んだ現代っ子を悩ませたのが「どうやって鮎田は椿本の身長を知ったのか?」ということでしょう。
というのも、現行のパスポートに「身長」の記載はありません。
調べたらまさしくこの本が出た1992年(平成4年)に「身長」の記載が削除されたようです。
勿論事件は1989年(平成元年)に起きていますから何の問題もありませんが。

前作時計館の殺人でも思いましたが、作中作のメリットは作者がどれほど細心の注意を払って作品を作り上げているかを読者に伝えることが出来ることでしょう。
作者が「こんなところにも仕掛けがあったんだよ!」と言うのは少し野暮な気がしますが、作中作に隠された謎を探偵が解き明かす、という形であれば探偵が作者の苦悩を隅々まで説明することが出来ます。
また、こういった形をとってもらえると、作者が仕掛けた様々な仕掛けを余すことなく楽しむことが出来るので、証拠を読み飛ばす私のような凡庸な読者にとっては大変ありがたいです。

謎に迫るために何度も読み返したのですが、読み返せば読み返すほど細部への拘りや細かな仕掛けを見つけることが出来ます。
未読の方は熟読を、既読の方は再読をお勧めする名作です!!

綾辻行人さんの館シリーズ第一作:十角館の殺人の感想はこちらです。